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 放蕩息子ならぬ放蕩弟の義明が、三日振りに姿をみせた。
「聞きましたよ。おめでとうございます」
 義弘の婚約のことを聞いたらしい。
「ありがとう」
 答える顔は、やはりどうしても緩んでしまう。
「日曜はおまえも同席できるか?」
「もちろんです」
 迷いなく頷いてくれた弟に、義弘は気になっていたことを言った。
「すまないな」
「はい?」
「お前への風当たりがますます強くなるだろう?」
 自分が片付いてしまえば、世間からも母親からも、きっとこれまで
以上に好き勝手なことを言われてしまうだろう。
 それは決して、義弘の望むところではないのだ。
 少し驚いた顔をしていた義明は、すぐにいつもの微笑を浮かべて、
「兄さんのそういうところ、好きですよ」
と、応えた。
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「ただいま」
 そう言って玄関で靴を脱いでいると、奥から母親がぱたぱたと走って
きた。
「あら、義弘ですか」
 明らかにがっかりされて、また義明が帰ってこないのだなとわかる。
 昔から、こんなことはしょっちゅうだ。
「義明、いないんですか」
「ええ、昨日どこかに泊まると行って出て行ったきり、連絡もよこさない
んですよ」
 もういつものことなのだからいい加減慣れてもいいものだと思うのだが、
母親はどうしても心配らしい。
「そういえば次の日曜、彼女を連れて来ますから」
「あら、久しぶりですね」
 今の彼女とはお見合いがきっかけて付き合うようになったため、ふたりの
初対面の場には母親も居合わせたことになる。
「いいですよ。別に初めて会うわけでもなし、気兼ねなんてせずにいつだっ
ていらしてくれればいいのに」
 こういうさっぱりとしたところは、自分の母親ながら好ましいと思う。
 何故これが義明相手だとああなってしまうのだろうか。
 まあしかし、自分の彼女とはこの先も良い関係を築いてゆけることは
間違いないだろう。
 義弘は、今日あった一大ニュースを報告することにした。
「プロポーズを、受けてもらえたんです」
「………はい?」
 義弘のために夕飯を温めなおしていた母親は目を丸くしたまま固まってしまった。
「なので一応、挨拶がしたいということで」
 しばらく同じポーズで彫像のようになっていた母親だったが、はっと我に
返ると、
「お父さん!お父さん!」
と、慌てて部屋を出て行った。




 義明が紙袋を手にやってきた。
「兄さん、これ着ませんか?処分しようかとも思ったのですが」
 中には服が数着入っている。
 昔から義明のおさがりは義弘へまわってくる決まりになっていた。
 自分がやっと父親の背丈を越した頃にはすでに、家族の誰よりも
大きくなっていた義明は、成長期の頃は買ったばかりの服がすぐに
着られなくなってよく困っていた。
 だから、自分がそれを貰うようになったのだ。
 照弘はといえば、趣味が違うと言って着たがらない。
「着るよ」
 義弘は紙袋を受け取る。
「お前のおさがりは、彼女の評判がいいんだ」
 遠まわしながらものろけた義弘に、義明は苦笑いを浮かべた。




「兄さん、高田のおじいちゃんのお通夜のことなんですが………」
 廊下で呼び止められて、義弘は振り返った。
 今日は父親が終日外出中のため、急遽義明に応援を頼んだのだ。
 僧衣姿の弟は、てきぱきとこれからの段取りを決めていく。
「わかりました。ではそのように伝えておきます」
 まるで敏腕秘書のような口調でそう言って踵を返した弟を、義弘は
呼び止めた。
「義明」
───はい?」
 振り返った弟は、自分などよりも断然貫禄があるように思える。
「悪いな、いつも」
 本来ならこういう場合、自分が全てを取り仕切るべきだろう。
 なのにいつも、助けてもらうばかりだ。
「世話をかけて、すまないと思ってる」
 それを聞いた弟は、少し黙ったあとで、
「………家族でしょう?」
 そう言って、目配せをした。




 弟がまだ母親の腹の中にいた頃のことを、義弘は未だによく覚えている。
 上の兄弟から散々弄られて育った義弘は、その魔の手から絶対に守って
やらなければ、という使命感に燃えていた。
 自分は絶対良い兄になるのだと、小さな胸で誓っていたのだ。
 しかし、弟が本当に闘うべき相手は他にあるのだと知ったのは、弟が
自らの手首に刃を立てたときのことだった。

「へいきか?」
 弟は、布団の上に小さな身体を横たえている。
 目尻からは流れた涙のあとがあった。
「めいわくをかけて………すみません」
「……………」
 謝られたって、自分は何もしていない。
 弟が何故こんなことをしたのかも、その弟に自分は何をしてやれば
いいのかも、何もわからない。
「………かぞくだろ」
 そんなことしか言えない自分が歯がゆかった。



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