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 高耶の傷ついた顔がフラッシュバックする。
 彼に再び出会えたらどうするかなんて、散々考えてきたことなのに。
 ついこの間まで、自分は彼との関係に希望を抱いていたはずなのに。
 けれど、自分の心はどうしようもなく打ちのめされてしまった。
 解ってしまったからだ。
 彼が自分に救済の手を差し伸べることはないのだと。そしてまた、自分が欲していたのも免罪ではなかった。ここまで彼に支配されてなお、さらなる束縛を求めている……。
 再び、高耶の顔が蘇る。必死に耐えようとがんばりながら、それでも零れ落ちる涙。
 ………次に会った時は、大荒れに荒れるかもしれない。
 けれど、仕方がない。自分で呼びこんだ嵐だ。
 この先、もう二度と安息の時は訪れないだろう。
 雷鳴響くどしゃぶりの雨の中、自分は、ひたすらに耐えて立ち尽くすしかないのだろう。
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 心を許した自分が悪いのか。
 でも心を許すように仕向けたのはあの男だ。
 酷い男だ。酷すぎる。
 心配するような顔をして、苦しめる。
 身を呈して庇っておきながら、傷つける。
 景虎と何があったかは知らない。でもオレは関係ないのに。
 高耶は、手で頭を抱え込んだ。
 自分は心のどこかでまだ期待している。直江が、何事もなかったように電話を掛けてきて、いつもの皮肉と優しさを口にしてくれるのを。
───嘘です
 ……嘘なわけない。あんな、涙……。
 オレに何ができる?
 あいつはオレにどうして欲しい?
 オレはどうしたい?
 オレはあいつに、どうして欲しいんだ?
 直江のこと以上に、今は自分のことがよくわからなかった。




 朝から空はどんよりと曇っていて、じっとりとした空気が肌にまとわりつくようだった。
 お盆の名残でまだまだ忙しい実家の手伝いに駆り出されていた直江は、少し休憩を取ろうと人目を避けてあまり人の来ない二階の角の部屋へとやって来た。
 窓際に腰を下ろし、馴染の煙草に火を点ける。
 顔を上げると、遠くの空に雷鳴が光るのが見えた。
(降りだしたら厄介だな)
 雨の中、足袋や法衣の裾を濡らして歩くのはあまり気持ちのいいものではない。
 けれど方角からいってあの雲がこちらへ移動してくるのは目に見えていた。
 苦々しく思って煙を吐き出していると、またひとつ、雷鳴が光る
(来るのならさっさと来てしまえばいい)
 なんだか腹立たしくなってきた。
 いずれ来るとわかっているものを待つ身にもなって欲しい。
 どの程度の規模なのか。雷の音は?雨の量は?すぐに去ってしまうのか、長い間留まり続けるのか。……来なければ解らないことを延々と想像し続けるのはあまりにもつらい。
 どこかの誰かが、記憶を取り戻すタイミングは?自分を責め始めるタイミングは?一体どんな言葉で責めてくるのだろうか。自分はそのとき、どう答えればいいのだろうか……。
 どうせ雷が落ちるのなら、自分の真上に落ちて欲しい。
 そして、過去と現在の罪ごと、この身を焼いて欲しかった。
 感情を、欲望を、この想いを、粉々に砕いて欲しかった。




 夕立が、心の中までもずぶ濡れにした。
 バイトから帰ってみると美弥はおらず、友達の家に泊まるというメモ書きがある。残り少ない夏休みを満喫するつもりらしい。
 冴えない顔のまま高耶がシャワーを浴びて出てくると、喉の奥の方が痛いことに気付いた。朝からずっと調子が悪かったのに、無理をしたせいだ。ベッドにうつぶせになると、訳もなく涙が滲んできて、高耶は眼を閉じた。
 少し前まで、自分は思ったより幸せなのかもしれないなんて考えていた。
 仙台での事件はひどいものだったけど、自分にとっては初めて仲間と呼べる人間たちと、徐々に信頼の置ける関係を築きつつあったからだ。
 今までがどん底の人生だったから、これからはずっと上がり調子でいくのかもしれないなんて。
 そんな浮かれた気分は全部、あの男に砕かれてしまった。




「わたしはながいあいだ、己の度量と欲望にめをつむり、とうてい手のとどかないばしょへ必死に手をのばしていた」
 そうすることでしか生きては来れなかったし、今となっては抵抗こそが自分の証明の手段でもある。
「そうしてあがいていたせいで、おおきな過ちを犯してしまった」
 そして今も、家族をひどく傷つけている。
「抵抗をやめるべきですか。己をすてるべきですか」
「捨てられるのか」
「……いいえ」
 直江は首を横に振った。
「わたしは彼ではない。己以上にだいじなものなんてないんです」
「彼とは?」
「……ある人をさがしています」
 膝の上の拳が震える。
「いずれ話せるときがくるかもしれません」
 直江は答えながら、知らず知らずのうちに涙を流していた。



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