驚いたものだから、表情に出てしまったらしい。
「なんだ」
高耶が訝しげに聞いてくる。
「いえ」
打ち合わせ中の話題にしてはあまりにも場違いな内容だったので、声をひそめて言う。
「背、また伸びました?」
高耶の顔はあからさまに、何だ、そんなことかと言っている。
「んな訳ねーだろ。お前が縮んだんじゃねーの」
「………年寄り扱いはよしてください」
高耶は楽しそうに笑った。
それでもまだ直江が隣に立って背を比べたりしているものだから、
「心配しなくても、お前を追い越したりはしねーよ」
書類に何かを書きつけながら高耶はそう言った。
そこまでは考えていなかったが、高耶がそう言うならそう思うことにしよう。
「そうですね。あなたが私より大きくなったら、何かと不便でしょうね」
特に、"そういう"時に。
高耶は直江の心中が読めるのか、馬鹿にしたような表情で返事すらしない。
わざとらしく、
「どんな場合に不便なのか具体的に説明しましょうか」
と言うと、くい気味にいい、と答えが返ってきた。
「なんだ」
高耶が訝しげに聞いてくる。
「いえ」
打ち合わせ中の話題にしてはあまりにも場違いな内容だったので、声をひそめて言う。
「背、また伸びました?」
高耶の顔はあからさまに、何だ、そんなことかと言っている。
「んな訳ねーだろ。お前が縮んだんじゃねーの」
「………年寄り扱いはよしてください」
高耶は楽しそうに笑った。
それでもまだ直江が隣に立って背を比べたりしているものだから、
「心配しなくても、お前を追い越したりはしねーよ」
書類に何かを書きつけながら高耶はそう言った。
そこまでは考えていなかったが、高耶がそう言うならそう思うことにしよう。
「そうですね。あなたが私より大きくなったら、何かと不便でしょうね」
特に、"そういう"時に。
高耶は直江の心中が読めるのか、馬鹿にしたような表情で返事すらしない。
わざとらしく、
「どんな場合に不便なのか具体的に説明しましょうか」
と言うと、くい気味にいい、と答えが返ってきた。
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街中で、急に駆け出した義明は、少し前を歩いていた男の腕を強引に掴んで振り返らせた。
「なんだよ」
振り返ったその男が、怪訝な顔で義明をみる。
「………すみません。人違いでした」
義明が小さく謝ると、その男はさっさと歩いて行ってしまう。
取り残された義明は、そのままその場で立ち尽くした。
「どうした」
「いえ」
照弘が声をかければ一応微笑んでは見せるものの、とても笑顔と呼べる顔ではない。
「行きましょう」
そういって歩き出した弟の背中からは、絶望にも似た悲しみが滲み出ている。
弟の"病"はまだ癒えていないのだな、と照弘は再認識せずにはいられなかった。
「なんだよ」
振り返ったその男が、怪訝な顔で義明をみる。
「………すみません。人違いでした」
義明が小さく謝ると、その男はさっさと歩いて行ってしまう。
取り残された義明は、そのままその場で立ち尽くした。
「どうした」
「いえ」
照弘が声をかければ一応微笑んでは見せるものの、とても笑顔と呼べる顔ではない。
「行きましょう」
そういって歩き出した弟の背中からは、絶望にも似た悲しみが滲み出ている。
弟の"病"はまだ癒えていないのだな、と照弘は再認識せずにはいられなかった。
「義明、義明」
玄関のチャイムが鳴り、応対に出た母親がばたばたと戻ってきた。
「あなた宛てですよ、受け取っていらっしゃい」
「?わかりました」
玄関へと向かった義明は、華やかなラッピングのされた大小さまざまな箱を
両手いっぱいに持って戻ってきた。
そういえば明日はバレンタインデーだ。
「チョコレートか?」
去年、高校にあがって初めてのバレンタインで、義明は自分が同じ年の頃の量を
軽く超えるプレゼントを持ち帰った。
「誰からだ」
「………知らない方ばかりですね」
照弘も一緒になって差出人をチェックする。
「学校の子か?ならなんで学校で渡さないんだ」
義明が首をかしげながら言う。
「去年、義理以外のものは全てお断りしたせいでしょうか」
それで、今年は突っ返されないために、家に送りつけてきたという訳か。
「………お前、あの量でもまだ断った分があったのか」
まあ、俺らの頃より景気がいいから、バレンタインも盛大なんだろう、
と自分を納得させて、某有名メーカーのチョコレートを手に取る。
「お、これうまそうだな」
「駄目ですよ。今年は義理でも受け取らないことにします」
返せるものは返します、と義明は照弘の手からチョコレートを取り上げる。
「いいじゃないか、貰っておけば」
「変に期待させる訳にもいかないでしょう」
「………お前は」
もう17にもなるのに、義明にはまだ特定の人がいないようだ。
これだけヨリドリミドリの中で、いったい何を考えてるんだか。
「いいんだぞ、別に。女の子のひとりやふたりと付き合ったって」
「"ふたり"はまずいでしょう。兄さんじゃないんですから」
義明が笑うから、脇腹に軽くパンチを入れる。
しばらくそこで、くすぐったりしてじゃれ合っていたが、ふと義明は真顔になった。
「お付き合いなんてしても、きっと苦労させるだけですから」
「………そりゃあ、そうかもしれないけどな」
義明の心の内を理解してやれる子は、確かに同年代にはいないだろう。
けれど、義明が思春期の男の子であることには変わりはないのだ。
精神的なこと以上に、肉体的なこともあるはずだ。
「その………女の子に興味がない訳じゃないんだろう?だったら我慢しないほうがいい」
それを聞いて弟は、ああ、と当たり前のような顔で言った。
「そういうことは、別にお付き合いをしていなくたって、出来るでしょう?」
「……………よしあき?」
照弘が、もしかしたら教育の仕方を間違ったかもしれない、と思った瞬間だった。
玄関のチャイムが鳴り、応対に出た母親がばたばたと戻ってきた。
「あなた宛てですよ、受け取っていらっしゃい」
「?わかりました」
玄関へと向かった義明は、華やかなラッピングのされた大小さまざまな箱を
両手いっぱいに持って戻ってきた。
そういえば明日はバレンタインデーだ。
「チョコレートか?」
去年、高校にあがって初めてのバレンタインで、義明は自分が同じ年の頃の量を
軽く超えるプレゼントを持ち帰った。
「誰からだ」
「………知らない方ばかりですね」
照弘も一緒になって差出人をチェックする。
「学校の子か?ならなんで学校で渡さないんだ」
義明が首をかしげながら言う。
「去年、義理以外のものは全てお断りしたせいでしょうか」
それで、今年は突っ返されないために、家に送りつけてきたという訳か。
「………お前、あの量でもまだ断った分があったのか」
まあ、俺らの頃より景気がいいから、バレンタインも盛大なんだろう、
と自分を納得させて、某有名メーカーのチョコレートを手に取る。
「お、これうまそうだな」
「駄目ですよ。今年は義理でも受け取らないことにします」
返せるものは返します、と義明は照弘の手からチョコレートを取り上げる。
「いいじゃないか、貰っておけば」
「変に期待させる訳にもいかないでしょう」
「………お前は」
もう17にもなるのに、義明にはまだ特定の人がいないようだ。
これだけヨリドリミドリの中で、いったい何を考えてるんだか。
「いいんだぞ、別に。女の子のひとりやふたりと付き合ったって」
「"ふたり"はまずいでしょう。兄さんじゃないんですから」
義明が笑うから、脇腹に軽くパンチを入れる。
しばらくそこで、くすぐったりしてじゃれ合っていたが、ふと義明は真顔になった。
「お付き合いなんてしても、きっと苦労させるだけですから」
「………そりゃあ、そうかもしれないけどな」
義明の心の内を理解してやれる子は、確かに同年代にはいないだろう。
けれど、義明が思春期の男の子であることには変わりはないのだ。
精神的なこと以上に、肉体的なこともあるはずだ。
「その………女の子に興味がない訳じゃないんだろう?だったら我慢しないほうがいい」
それを聞いて弟は、ああ、と当たり前のような顔で言った。
「そういうことは、別にお付き合いをしていなくたって、出来るでしょう?」
「……………よしあき?」
照弘が、もしかしたら教育の仕方を間違ったかもしれない、と思った瞬間だった。
照弘が帰宅すると、母親が物干し竿の元でうずくまっていた。
どうやら洗濯物を取り入れている最中のようで、具合でも悪くなったかと慌てて傍へ
寄ってみて、泣いているのだとわかった。
だから、何も言わずにその場を去った。
ここ数年、弟のことで泣く母を何度見たことだろう。
それでも弟を責める気になれないのは、誰よりも弟自身が苦しんでいるとわかるからだ。
照弘は、弟の部屋の前までやってきて立ち止まる。
自分だってこうして襖に手を掛けて、自分に出来ることなど何もないのではないかと自問自答したことは、一度や二度ではない。
それでも何かをせずにいられないのは、やはり自分が弟を愛しているからだ。
例え否定されようと罵られようと(弟はそんなことは絶対にしないが)どうせ自分は弟を憎むことなど出来ない。
「義明、入るぞ」
照弘は心に気合をいれて、襖を滑らせた。
どうやら洗濯物を取り入れている最中のようで、具合でも悪くなったかと慌てて傍へ
寄ってみて、泣いているのだとわかった。
だから、何も言わずにその場を去った。
ここ数年、弟のことで泣く母を何度見たことだろう。
それでも弟を責める気になれないのは、誰よりも弟自身が苦しんでいるとわかるからだ。
照弘は、弟の部屋の前までやってきて立ち止まる。
自分だってこうして襖に手を掛けて、自分に出来ることなど何もないのではないかと自問自答したことは、一度や二度ではない。
それでも何かをせずにいられないのは、やはり自分が弟を愛しているからだ。
例え否定されようと罵られようと(弟はそんなことは絶対にしないが)どうせ自分は弟を憎むことなど出来ない。
「義明、入るぞ」
照弘は心に気合をいれて、襖を滑らせた。
やっと手に入れた自分の車。初めてのドライブ相手に、照弘は義明を選んだ。
いつ自殺衝動がおこるかわからないのに、外へ連れ出すなんて絶対に駄目だという
母親の反対を押し切って、海へとやってきたのだ。
「海なんて、久し振りだろ」
防波堤にふたりして腰掛けて、照弘は言った。
「昔、皆で来た時のこと、覚えてるか?」
体育座りで海を見つめる、義明からは返事がない。
けれど、その瞳の色がいつもと違うことがわかったから、来てよかったな、と思った。
湿った風に吹かれてぼーっとしていると、時間が経つのを忘れてしまう。
気がつくと、義明は抱いた自分の膝に顔を埋めていた。
多分、泣いているのだ。
肩が小刻みに震えている。
照弘はその小さな肩に手を回し、引き寄せた。
いつ自殺衝動がおこるかわからないのに、外へ連れ出すなんて絶対に駄目だという
母親の反対を押し切って、海へとやってきたのだ。
「海なんて、久し振りだろ」
防波堤にふたりして腰掛けて、照弘は言った。
「昔、皆で来た時のこと、覚えてるか?」
体育座りで海を見つめる、義明からは返事がない。
けれど、その瞳の色がいつもと違うことがわかったから、来てよかったな、と思った。
湿った風に吹かれてぼーっとしていると、時間が経つのを忘れてしまう。
気がつくと、義明は抱いた自分の膝に顔を埋めていた。
多分、泣いているのだ。
肩が小刻みに震えている。
照弘はその小さな肩に手を回し、引き寄せた。
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