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「もう、やめてくれ……」
 高耶が弱々しく呟いた。
 目尻には涙が滲んでいて、その言葉が嘘ではないのだとわかる。
 けれど、上がった呼吸もきつく寄せられた眉根も、決して直江の行為がただ不快なだけではないことを物語っている。
「そんなに男とするのが怖いんですか」
 そう言いながら、直江はそうじゃないこともわかっている。ただ純粋な性欲だけだったら、もしかしたら高耶はとっくに陥落していたのかもしれない。直江がこの行為に別の理由を持たせているからこそ、高耶は絶対に先へ進んではいけないと思っている。
 これだけ近い距離で、互いに欲情していることがわかっていても、制止の声を上げなくてはならないのだ。
「たのむから……」
 高耶はまた、涙声で言った。
 それが例え一線を越えたくないという意思表示にも似た演技だとしても、直江は無視して前へ進むことが出来ない。それが愛情から来るものなのか、罪悪感からくるものなのかは直江にもわからない。ただ単に高耶との関係をこれ以上抉らせたくないという自己保身からくるものなのかもしれない。
 押し寄せてくる欲情を深呼吸で散らしながら、直江は高耶の乱れた衣服を整えてやるしかなかった。
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「今夜くらいはあなたを予約してもいいでしょう?」
 アジトの廊下で高耶を呼び止めた直江は、肩に触れながら言った。
「………人が来る」
 でも高耶は置かれた手を振り払わない。
 調子に乗った直江は高耶の耳元で言う。
「今夜は余裕のないあなたを見てみたい」
「……それはいつもだろ」
 高耶は俯いたまま小さく笑っている。
「じゃあ今日はクリスマスバージョンで」
「赤い服着て白いひげでもつけろって?」
「服は余計ですよ。脱がないと」
「ハダカのサンタかよ。ぞっとしねえな」
「……あなたの名前を書いた紙を、吊るした靴下の中に入れておいたら、あなたを貰えるんですかね」
 それ聞いて、高耶は顔を上げた。
 まるで挑発するような目つきで直江の胸元を掴んで引き寄せると、
「いい子にしてたらな」
と囁く。思わず目を瞠った直江をぐいと突き放すと、再び歩き出した。
───私ほどのいい子はいないでしょう?」
 遠ざかる背中にそう投げかけると、高耶は立ち止まってちょっと考えてから、
「宇宙史上、最悪の男だろ」
と言って振り返りもせずに去っていった。
 "宇宙史上"ときたかと、直江も苦笑いで踵を返した。




 潮は、もみの木のてっぺんにオーナメントをのっけている。
 色とりどりの風船にヘリウムガスをいれているのは楢崎だ。
 それを卯太郎は腕いっぱいに抱えて運んでいる。
 今日は楽しいクリスマス・イブ。
 赤鯨衆のイベントプランナーを称する潮の指揮の下、皆飾り付けに余念がない。
 そこへ高耶が現れた。
「なにやってるんだ」
「あ、仰木さ──っとっとっとっ……ああっ!」
 高耶の声に振り向こうとした卯太郎がつまずいてしまって、抱えていた風船のひとつが天井へと上っていった。
 普通の造りよりも天井が高いため、イスに乗って手を伸ばす程度ではとても届きそうにない。
「赤いやつはひとつしかなかったのに………」
 卯太郎は目に見えてしょんぼりとなっている。
「あれはさすがの橘でも届かねーだろーなー」
 楢崎が急に直江の名を出してきたから、不審に思って高耶は訊いた。
「なんで橘なんだ」
「だって、でっけーじゃないっすか」
「………ああ」
 確かに背だけは誰よりも高い。
 数少ない取り得のひとつだ。
「そういえばあいつ、走高跳びの選手だったとか言ってたな……」
「ええっ!?わ、わしっ、ちょっと橘さんを探して来ますきっ!」
 走り出していった卯太郎は、じきに黒服の男を連れてやってきた。
「あれを取ればいいのか?」
「はいっ!おねがいしますっ!」
 頭を下げる卯太郎を横目にみて、直江はその場で勢いをつけると、
 
  ジュワッ!!

とはさすがに言わなかったが、まるでそんな感じで跳んだ。
 着地したその手にはしっかりと赤い風船が握られている。
「すげえ……」
「あ……ありがとうございますっ」
 感激のあまり、卯太郎の目は真っ赤だ。
 その日以来"高くて手が届かないときは橘に"が赤鯨衆での通例となった。




 車に乗り込んで、まずはじめにすることは決まっている。
「夕飯はどうします?」
 高耶の腹具合の確認だ。
「ああ、休憩中に弁当食った」
「クリスマス・イヴに?弁当ですか」
「美弥特製のだぜ?ちゃんとチキンが入ったやつ」
「そうですか。それはよかったですね」
「おまえの場合、オレに飯食わせる手間が省けてよかった、だろ?」
 図星だろ、とばかりに高耶が見上げてくる。
「手間だなんて思ってませんよ。ただあなたは、空腹だとSEXどころじゃなくなるのは事実でしょう?」
「せっっ!?──……くすとか言うなよ……恥ずかしいヤツ」
 今日は自分から誘ったくせに、まるで思春期の男子のような反応を高耶はしてみせた。
 まあ実際、思春期の男子ではあるのだが。 
「どこまで人を虜にする気ですか………」
 さっきまで甘える気分だった直江だったが、今度は顔を赤くしてふてくされる高耶を更に苛めたい衝動に駆られて、小さく呟いた。




「じゃあ、すいません!オレ上がるんで!」
 主任へ声をかけると、向こうから掌を顔の前に立ててやってくる。
 すでに予定の上がり時間から、30分がオーバーしていた。
 立続けに来客があって、上がりそこねてしまったのだ。
「悪いなあ、仰木。クリスマス手当て、つけてやるからな」
「別にいいっすよ、そんなの」
「……そうか?関係ないって顔してる割には、ずいぶん急いでないか?」
 コレか、と主任は自分の小指を示してきた。
「そんなんじゃないっすから」
 高耶は笑うと、じゃあと再び言って更衣室へと向かった。
 着替えを終えて従業員用の裏口から出ると、歩く足が自然と速くなる。
 この先のいつもの場所で、直江は待っているはずだ。
 高耶を待つとき、直江は何故か車の中で待ちたがらない。
 だからこの寒い中、車の脇に立って待っているはずなのだ。
 角を曲がったところでやっと、直江の姿が目に入る。
 案の定直江は車に寄りかかり、寒空を見上げていた。
「直江!」
高耶が駆け出すと、直江がこちらに気付いて笑顔になった。
「わりぃ、遅くな───っ………」
 走ってきた高耶の腕を、直江は掴んで引き寄せた。
 そのままぎゅっと抱き締めると、肩口に顔を埋めてくる。
「………直江」
 いつもならばこんな場所で、と突き放す高耶だが、直江の身体があまりにも冷えきっていたせいで、それも出来なかった。
 だから背中を、ポンポンと宥めるようにさすっていたら、じきに直江は顔を上げた。
 それでもまだ、身体を離してはもらえない。
 すごく近い場所にある直江の顔は笑っている。
「………そんなに子供っぽかったですか」
「べつに。そんなことない」
 何だか今日は直江を庇ってやりたい気分だ。
 クリスマスのせいで、多少は自分も浮かれているのかもしれない。
 目の前にあった直江の顔が更に近づいてきて、唇と唇がすこしだけ触れた後、高耶はやっと開放された。



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