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「私が全てを晒し出せる相手は、世界にたったひとりだけですから」
 それを聞いた高耶は、ゆっくりと顔をあげた。
 そして、少し考え込んだ後で、
「そんなこと言って、一生風呂に入らないつもりか?」
と言った。
 さすがに、不潔だとまでは言わないけれど、
「衛生上、よくないな」
 それを聞いた直江は、小さく笑った。
「では、あなたはどうするつもりだったんですか」
「…… キャンプ場の裏に湧水が出てる」
 高耶はあくまでも真面目な顔で、そう言った。
「そこで水でも浴びるつもりだった」
 この季節に、本気で水浴びをするつもりだったようだ。
 風邪をひきに行くようなものだろう。
 ところが、直江の興味はそんなところにはないらしい。
「そうですか」
 高耶の発言をさらっと受け入れると、
「背中でも、流しましょうか」
と、真顔で言う。
「…… 背中だけじゃ終わらなくなるだろう」
 既に左手が腰にまわされて、妖しく動き出している。
「どこを流されたいの?」
「………バカ」
 寄せられた唇に嫌がるそぶりをしつつ、結局は高耶も、受け入れてしまった。
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「私が全てを晒し出せる相手は、世界にたったひとりだけですから」
 それを聞いた高耶は、ゆっくりと顔をあげた。
 そして、少し考え込んだ後で、
「なら、行かなくていい」
と言った。
「怖いことを、わざわざする必要なんてない」
 突き放すような口調で、高耶は言った。
「優しいんですね」
 直江が眉を上げながら、そう声をかけると、
「オレも、全てを晒け出せる相手はひとりだけだから」
 やっぱり、感情のない、冷たい早口で高耶は言った。
 それでやっと、直江も照れ隠しだったのだと気付く。
 面倒なひとだ、と内心苦笑しつつ、
「教えてください」
 傍へ寄って、そう囁いた。
「その果報者の名を」
 そして高耶がその名を告げる前に、唇を塞いでしまった。




「私が全てを晒し出せる相手は、世界にたったひとりだけですから」
 それを聞いた高耶は、ゆっくりと顔をあげた。
 そして、少し考え込んだ後で、
「なら、行かなくていい」
と言った。
「オレのものを勝手にみせて欲しくないからな」
「オレのもの?」
「そう」
 不敵な笑みを浮かべて、高耶は言う。
「おまえの身体は、オレのものだから。他人に見せるかどうかはオレが決める」
 あまりの唐突な支配宣告に、直江はあきれ声を出した。
「あなたは家臣の身体まで所有するつもりですか」
「身体だけじゃない」
 発せられる言葉も、放たれる視線も、漏れる吐息も全部。
「オレのものだ」
 伸ばされた腕に抱かれながら、高耶は再び、そう宣言をした。
 それを聞いた直江は、まるで自分みたいな事を言う、と笑って、唇を重ねた。




「温泉に?」
「おまえも入って来ればいい」
 今日の野営地のすぐ近くには、天然の温泉が沸き出ているそうだ。
 赤鯨衆の男達は皆、喜び勇んで出掛けていった。
 もちろん、小脇に酒を抱えることを忘れずに。
 一応、公共の無料施設が併設されているという触れ込みだったけれど、聞くところによると脱衣所と名のついた掘っ立て小屋がひとつあるだけで、殆ど自然のままの露天風呂だそうだ。
「オレに遠慮する必要なんてない」
 皆と同じ湯に浸かることの出来ない高耶は、留守番役を兼ねて残務処理中だ。
 直江もそれに付き合って、野営地へと残っている。
 けれど別に、高耶に遠慮をしているつもりはなかった。
「人前で肌を晒すという行為は、まるで自分という人間そのものを晒しているような気分になりませんか」
 書類から視線を上げた直江は、そう言った。
「私には怖くてとても出来ない」
「………考えすぎだ」
 高耶は書類から目を離さずに、指でペンを回している。
「そんな風に思うのはきっと、探られると痛い腹があるからだ」
 ところが直江は高耶の皮肉には取り合わず、妙に真面目な顔で呟いた。
「私が全てを晒し出せる相手は、世界でたったひとりだけですから」
 それを聞いた高耶は、ゆっくりと顔をあげた。
 そして、少し考え込み、何かを言おうと口を開いたところへ───
「隊長!!」
 名もなき平隊士が突然、テントに駆け込んできた。
「入る前に声を掛けろと言ってあるだろう」
 何度言っても誰も守ってくれないエチケットを、あきらめ半分で口にしながら、高耶は息の上がった隊士をみつめる。
「すみません!あの、すぐに来てほしいんですけどっ」
「……仕方ないな」
 直江のほうをちらりと見やった後で、高耶はその隊士の後について、テントを後にした。
 
【さて、もし名もなき平隊士が邪魔に入らなかったら、仰木隊長は何と言っていたでしょう?】
 a.他人に肌なんて見せるな
 b.オレも全てを晒し出せるのはお前だけだ
 c.……不潔だ




 助手席で目を覚ました高耶は、思わず目を瞬いた。
 何故か直江が、身体の上に覆い被さっている。
───シートを倒そうと思っただけでっ」
 何も聞いてないのに、直江は言い訳のようにそう言った。
「……あっそ」
 自分でシートを倒した高耶は、すっかり眠る体勢になって運転席を眺めた。
 斜め後ろから見る直江は、どんな表情をしているのかよくわからない。
 そのうちに、何ともいえない感情がこみ上げてきた。
 直江といると、時々こうなることがある。
 これは自分のものだろうか?
 それとも、景虎のものなのだろうか?
「直江」
「はい?」
「ありがとうな」
 高耶の唐突の謝辞に、直江は少し戸惑ったようだ。
「礼を言われるようなことは何も」
「こんなくそガキ、付き合いきれないって、思うときあるだろ」
 何にも覚えておらず、無責任な自分。
 全てを一から教えるというのは、ものすごく根気のいることだろうに、直江は皮肉こそ言え、千秋のように悪態をついたりはしない。
「……使命ですから」
「そりゃあ、そうだけど」
(それだけじゃないだろう?)
 それくらい、わかる。
 もし記憶を無くしたのが綾子や千秋だったら、直江はここまでしただろうか。
 総大将だからとか、そういうんじゃなく。
(景虎とおまえが、それだけ強い繋がりを持ってたってことだろ)
 ふたりのことを考えるとき、高耶は自分だけ置いてけぼりにされたような気持ちになる。
 誰も何も言わずとも、強い絆を感じ取れるからだ。
 直江がそこまで大切にするものを、何故景虎は忘れてしまったんだろう。
「……ごめんな」
「何がです」
「思い出してやれなくて」
「………高耶さん」
 直江の声が、驚きの色を含む。
「おまえとのことだけ、思いさせたらいいのにな」
 心の底から、そう思った。
 そうしたらきっと、直江も喜ぶし、自分もきっと自分のままでいられる。
「そうできたら……いいのに……」
 高耶は、急激に襲ってきた睡魔に任せて目を閉じた。
 空調の効いた車内で、快適な眠りに落ちていく。
 そのせいで、ステアリングを握る直江の拳の白さに、気付くことは出来なかった。



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