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 仰木高耶の着た服は、他の隊士たちの服とは違う扱われ方をする。
 それは彼が特別だからというわけではなく、彼の着た服には少なからず毒素が含まれているからだ。
 洗濯をするときも決して素手では触らないようにしなければいけないし、中川掃部が開発した毒抜きの洗剤で三度は洗わなければいけない。
 それでも長く着ていると落としきれない毒素のせいで服の繊維がぼろぼろになってしまうのだ。そしてそれも毒を含んでいるため、そこら辺のごみ箱には捨てることができない。
 だから中川の指示で、月に一度不要になった高耶の服を焼却処分することなっていた。
 それも『洗濯班』の大事な仕事のひとつだ。
 しかも以前、焼却されるはずの高耶の衣服が裏で取引されて出回ってしまい、そのせいで中毒患者を出してしまうという事件があった。
 それ以来、焼却処分にはかならず高耶も立ち会うことになっている。
 つまり、焼却処分の担当者は服が完全に燃えきるまで、高耶とずっと一緒にいることができるのだ。
 今日はその月に一度の日。
 またしても盛大なじゃんけん大会の結果、至福のポジションを手にすることができたのは、例の大戦中に亡くなったという若い隊士だった。
 彼が火の準備をしながら裏庭で待っていると、じきに高耶がやってくる。
 手には大きな紙袋をぶら下げている。
「今月はこれだけだ」
「じゃあまずリストを作りましょうか」
「悪いな」
「いえいえ」
 ウキウキ顔の隊士は、処分漏れが無いように作る決まりになっているリストを作成するために、手袋をはめて衣類を物色し始めた。
「あれ、破れてる。これまだ新しくないですか?」
「わるい、戦闘中に……」
「あ、こっちもおろしたてだ。なのにボタンが全部取れてる……」
「……………」
 自然に取れたという感じではなく、どうみても引きちぎったような感じだ。
 高耶は何だか気まずそうな顔で黙り込んでいる。
 何か説明できない事情があるのかもしれない。
(秘密任務とか……?)
 だから気を使って言ってあげた。
「今月もここと前線を行ったり来たりで忙しそうでしたもんね。けど、戦闘には古い服着てったほうがいいですよ。きっと調達班が文句を言いに来ます」
「………よく言っとく」
「言っとく?」
「いや、よくわかった」
 そう言い直した高耶の横顔は、怒っているような、あきれているような、反省しているような、微笑っているような、複雑な表情だった。
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「ここへ来るように言われたんだが」
 やって来たのは、黒い服を着た長身の男だった。
「おう、おまんが橘か」
「……そうだが」
 真っ白の作業服の周りを囲むが、身長差があるせいかあまり威圧感は与えることが出来ない。
「あんた、その服が汚れたらどうするつもり?」
「……は?」
「捨てるつもりじゃろう」
「何が言いた───
「そがいにわしらが信用出来んがか!?」
「現代人のハイテク洗濯術は、わしらには真似できんと思うちょるがか!?」
 あまりの剣幕に口を挟むことの出来ない橘は、見かねて驚くべき行動にでた。
「何しちょる!?」
 何と上着を脱ぎ始めたのだ。
「洗いたいのなら洗えばいい。乾くまでここで待っている」
───おんし……」
 誰もがその露出狂じみた行動ではなく、露わになった橘の上半身に言葉を失っていた。
 様々な傷が刻まれた中で、一際左胸の傷が目立っている。
 橘はそれを隠すかのように腕組みをすると、大きな木製のアイロン台に寄りかかった。
「……じゃあ、やる?」
「おう、橘はそこで待っちょれ」
 橘はおもむろに動き出す面々を見守るように、ゆったりと佇んでいる。
 やがて落ち着いた頃になって、橘は訳を話し始めた。
 確かに服を捨てたことはあるけれど、それは毒に汚染されてしまったからで、きっと洗っても駄目だっただろうという判断からのことだそうだ。
「毒……。そんなものを使ってくる敵がいるのかあ」
「おんしも大変じゃのう」
「……まあな」
 少しだけ洗濯室内が和やかなムードになったところで、思わぬ来客があった。
「何やってる」
 自分の洗濯物を持ってきた、仰木隊長だ。
 彼は自分の毒のことを配慮して、汚れた衣服を共同のランドリーボックスには入れないようにしている。
「隊長」
 橘がアイロン台に寄りかかるのをやめて、姿勢を正した。
「おまえ……服は?」
「今洗濯を」
「じゃあ、何か別のを着ろよ」
「あいにく着替えは持ってません」
「安心しろ!もうすぐ乾燥機から上がってくるきの!」
 せっせと働く隊士たちを一瞥した高耶は、彼らに背を向けて何か小声で話し出した。
「……あんま人に見せんなよ」
「何故です。見られて困るようなものはありません。これが私です」
「いや、それはよくわかってんだけどな……」
 いいから言うこと聞けよ、と言いながら、高耶は手近にあった毛布を橘に手渡した。




 昔は洗剤なんてなかったし、着物を毎日洗うなんて習慣も無かった。
 だから隊士の中には、戦闘や演習で汗をかかない限りは着替えなかったり、1週間同じ服でも平気でいられたりする者もいる。
 けれど仰木隊長は毎日風呂に入り、毎日着替えもする。
 さすがにそこは、現代人だ。
 そしてもうひとり。
 赤鯨衆には洗濯にうるさい現代出身の人間がいた。
「おいっ!!俺のは○ウニー使えって言ってんだろ!!」
 入るなり大声で怒り始めたのは現代霊である楢崎毅だ。
「うるさいのう。そがいな面倒臭いことは自分でせい」
「自分でするって言ったら、自分たちを信用出来ないのかって怒ってたじゃねーか!だから任せてやったってのに………!」
 あーうるさい、うるさい、と無下に扱われながら、うなだれた楢崎はぶつぶつと文句を言っている。
「駄目なんだよ、俺。服が臭いとさあ。気分悪くて………。───あ、そういえば」
 何かを思い出したらしく、顔をあげた。
「知ってる?新入りの橘ってやつの話」
「なんじゃ」
「あいつ、服は使い捨てらしいぜ」
「……なぁにぃ?」
「きっとお前らが信用できないんだろうなあ~……」
 意地悪く言う楢崎の横で、洗濯班の面々の眉はみるみるうちに吊り上った。




 現代には、おもしろい勝負のつけ方がある。
「じゃ~~んけ~~んぽん!!」
 アジトの中の洗濯機やら乾燥機やらがずらりと並ぶ一室で、白い作業服を着た男たちが勝負の行方に一喜一憂していた。
「おっしゃあああっ!!」
「があ~~~~~っ!!やられたちや!!」
 実は彼らはアジト内のクリーニングを一手に任されている『洗濯班』だ。
 少し前までは隊士たちが各々好きなタイミングで洗濯をしていたのだが、それではあまりに効率が悪いということになり、つい最近、洗濯は全て彼ら『洗濯班』の手に任されるようになった。
 最初は彼らも、いきなり洗濯係などに任命されて少し卑屈になっていた時期もあったのだが、しばらくしてある特権があることに気付く。
 あの"仰木高耶"の汚れものを洗い、乾かし、本人に直接私に行くことができるのだ。
 今彼らが行っていたじゃんけん騒ぎは、洗いあがった洗濯ものを高耶の元へ届ける役を決めるためのものだった。
「ほいたら、行ってくるき!」
 幸福な役目を勝ち取った元一両具足の筋金入り隊士が服の入った袋を持ち上げると、第二次大戦中に亡くなったという比較的若い隊士があることに気付く。
「………あれ、あんた、前回んときも持ってかなかったっけ?」
───チッ。気付きよったか」
「おまんっ……!二回連続はいかん決まりじゃろうが!」
「おーい!こいつ前回んときも持ってってるって!」
「なにぃ!?ほいたら仕切りなおしじゃ!」
 再び集まった10人にも満たない白い作業服の男たちの熱気は、アイロンの熱にも負けないものがあった。




 毎日、真夏日が続いている。
 久しぶりに実家へ戻ってきた義弘が週末、家でくつろいでいると、都内でOLをしている姉まで帰ってきた。
「どうなの、大学は」
「順調ですよ」
「ねえ、お母さんに聞いたんだけど、せっかくあんたが家を継ぐっていうのに、義明もそっち系の大学に行くって本当?」
「兄さんだって、資格だけは取ったでしょう」
「そうだけど……」
 ちょうどそこへ、義明が学校から帰ってきた。
「兄さん。姉さんまで」
 珍しい顔触れに目を丸くしている。
「全員揃っての夕食なんて、どれくらいぶりですかね」
 学生鞄の中から空の弁当箱を出して台所の流しに置く弟に、姉が話しかける。
「また変わったこと始めたんだって?」
「変わったこと……」
「ほら、陸上?」
「ああ」
 思い当たった弟は、笑みを浮かべた。
「そうなんです。助っ人要員で」
「……本当にやりたいことがあるんなら、お寺のことなんて考えなくていいんだからね」
───姉さん!」
 義弘が思わずあきれた声を出すと、
「お母さんだってそう言うわよ!……たぶん」
 冴子は自信無さげに反論をした。
 が、しかし、義弘も冴子も、たぶん困ったように笑っている当の義明でさえこの時点ではわかっていなかった。
 将来この義明が、放蕩息子などと呼ばれるようになるなんて。
「義明はそんな無責任な人間じゃありませんよ」
 今となっては嫌味にしか聞こえないであろうセリフを、その時の義弘はかなり真剣に言ってのけた。



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