先程から電話で応対をしている橘さんは、ずっとそわそわしっぱなしだ。
どうやら早く電話を切りたいらしい。
けれど相手は大切なお客さんで、しかも面倒くさいことにちょっとしたことでも社長にクレームを入れる、クレーマーさんだ。
だからぞんざいに電話を切ったりすると、後々かなり揉めることになる。
「ええ───ええ、そうなんですけども───あの、少々お待ち頂けますか」
橘さんは受話器を手で押さえると、
「外に私宛てのお客様がいらしているはずなので、隣に通しておいて貰えますか?」
とひそひそ声で私に言った。
それでさっきから落ち着きがなかったらしい。
頷いた私が入口まで行って扉を開けてみると、
(………あれ?)
廊下には、男の子がひとり、立っているだけだった。
制服で、しかも通学には少々大きすぎるようにみえる黒いカバンを持っている。
部活動のための着替えを入れているというよりは、
(家出少年?)
私と目があうと、彼は気まずそうに下を向いた。
(あれ、もしかして───)
「あの、橘をお訪ねですか?」
少年は驚いたように顔をあげた。
「あ……はい」
「では、お通しするように言われておりますので、こちらへどうぞ」
笑顔を作って言うと、こくんと頷いて、おずおずとこちらへやってきた。
(かわいい)
照れ隠しなのか、顎を引いて、睨むような上目遣いになっている。
受付を通って応接室へ向かう途中、
「ええ、もちろんです、ええ」
まだ電話中の橘さんの姿を見つけて、少年は立ち止まった。
どうしたのかな、と思って振り返ると、
「───……」
少年はつかつかと橘さんの元へ歩み寄り、よこせといった感じでぐいと手を差し出した。
橘さんは首を横に振って、応接室で待つようにとジェスチャーをする。
むっとなった少年は、なんと橘さんの襟元を掴みに掛かった。
(ええっ!?)
と思ってみていると、少年はスーツの内ポケットからキーケースを取り出す。
「こらっ!───あ、いえ、こちらの話で」
彼は、そこから鍵をひとつだけ外すと、自分の制服のポケットに入れた。
「悪かったな」
小さく言うと、少年はくるりと踵を返す。
すかさず橘さんが、腕を掴んで引きとめた。
「……もう二度と忘れねーって」
不機嫌な声でそう言いながら腕を振り解くと、彼はそのまま出口へと向かう。
「───ええ───ええ」
上の空で返事をしながら、でも、扉のしまる音を聞いて耐えられなくなったのだろう。
「───あの、すみません、すぐ折り返しますので」
全然すまなそうな感じじゃなく言って、橘さんは電話を切った。
(あああっ!)
事務所内の全員が、心の中で悲鳴を上げる。
「高耶さん、待ってください!送りますから!」
そう大声で言いながら、橘さんはそのままバタバタと出て行ってしまった。
(あれはどうみても家の鍵だったと思うけど……)
なんて考えていると、
ルルルルル ルルルルル
事務所の電話が鳴りだした。
ディスプレイの表示名はもちろん先程のお客さん。
(あちゃー……)
残された人間の間で、いったい誰が電話を取るのか根の比べ合いが始まって、少年と橘さんの関係性についてじっくり考えている暇はなくなった。
どうやら早く電話を切りたいらしい。
けれど相手は大切なお客さんで、しかも面倒くさいことにちょっとしたことでも社長にクレームを入れる、クレーマーさんだ。
だからぞんざいに電話を切ったりすると、後々かなり揉めることになる。
「ええ───ええ、そうなんですけども───あの、少々お待ち頂けますか」
橘さんは受話器を手で押さえると、
「外に私宛てのお客様がいらしているはずなので、隣に通しておいて貰えますか?」
とひそひそ声で私に言った。
それでさっきから落ち着きがなかったらしい。
頷いた私が入口まで行って扉を開けてみると、
(………あれ?)
廊下には、男の子がひとり、立っているだけだった。
制服で、しかも通学には少々大きすぎるようにみえる黒いカバンを持っている。
部活動のための着替えを入れているというよりは、
(家出少年?)
私と目があうと、彼は気まずそうに下を向いた。
(あれ、もしかして───)
「あの、橘をお訪ねですか?」
少年は驚いたように顔をあげた。
「あ……はい」
「では、お通しするように言われておりますので、こちらへどうぞ」
笑顔を作って言うと、こくんと頷いて、おずおずとこちらへやってきた。
(かわいい)
照れ隠しなのか、顎を引いて、睨むような上目遣いになっている。
受付を通って応接室へ向かう途中、
「ええ、もちろんです、ええ」
まだ電話中の橘さんの姿を見つけて、少年は立ち止まった。
どうしたのかな、と思って振り返ると、
「───……」
少年はつかつかと橘さんの元へ歩み寄り、よこせといった感じでぐいと手を差し出した。
橘さんは首を横に振って、応接室で待つようにとジェスチャーをする。
むっとなった少年は、なんと橘さんの襟元を掴みに掛かった。
(ええっ!?)
と思ってみていると、少年はスーツの内ポケットからキーケースを取り出す。
「こらっ!───あ、いえ、こちらの話で」
彼は、そこから鍵をひとつだけ外すと、自分の制服のポケットに入れた。
「悪かったな」
小さく言うと、少年はくるりと踵を返す。
すかさず橘さんが、腕を掴んで引きとめた。
「……もう二度と忘れねーって」
不機嫌な声でそう言いながら腕を振り解くと、彼はそのまま出口へと向かう。
「───ええ───ええ」
上の空で返事をしながら、でも、扉のしまる音を聞いて耐えられなくなったのだろう。
「───あの、すみません、すぐ折り返しますので」
全然すまなそうな感じじゃなく言って、橘さんは電話を切った。
(あああっ!)
事務所内の全員が、心の中で悲鳴を上げる。
「高耶さん、待ってください!送りますから!」
そう大声で言いながら、橘さんはそのままバタバタと出て行ってしまった。
(あれはどうみても家の鍵だったと思うけど……)
なんて考えていると、
ルルルルル ルルルルル
事務所の電話が鳴りだした。
ディスプレイの表示名はもちろん先程のお客さん。
(あちゃー……)
残された人間の間で、いったい誰が電話を取るのか根の比べ合いが始まって、少年と橘さんの関係性についてじっくり考えている暇はなくなった。
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