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 自分と同じか、それより下の人間だけでいい。
 例えば北海道、最北端からひとつずつ、小学校、中学校、高校をまわって歩く。一年以内に沖縄、最南端まで網羅するペースで続ければ、必ず途中で見つけることができるだろう。───中学を卒業して、もう社会へ出てしまっているかもしれない?……考えられなくはないが……それよりも自分のように、精神状態が安定せず、学校に通えていない可能性のほうが高いように思う。"あの状態"で最期を迎えた彼の魂。深々とついた傷は、そう簡単に癒しきれるものではなかっただろう。───何らかの理由で、まだ小学校へ上がる年齢でない可能性。それは大いにある。託児施設全てを捜索範囲に入れるとなると、とても一年では回りきれない。───もし自分と同じタイミングで換生しているとすれば、来年度には高校を卒業してしまう計算になる。そうなるともう、捜索範囲を絞ることはむずかしい。だらこそ、それまでに何とかして彼を見つけ出さなければならないのに……。大体こんなことはもう色部が何年もかかってやっていることなのだ。彼はいつの時代も日本中を旅して回っていた。だから地方ごとの事情にも敏い。今更自分が考えたところで、更にそれを実行に移したところで、色部以上のことが出来るはずもないのだ。……ならば何故、こんなことを考えている?
「なあ」
「何だ」
 奥村の、眼鏡の瞳が不審そうにこちらを見ている。
「何だ、じゃない。聞いてなかったのか」
 直江の前の席の椅子を借りて座っている奥村は、不満げな顔で言った。
「……悪い」
「ったく。だからな……」
 奥村が再び話を始めようとすると、ちょうど始業のベルが教室内に鳴り響いた。
「……しかたない。後で話す」
 自分の席へ戻っていく奥村を眼で追いながら、直江は再び思考を戻しかけて……やめることにした。あまりにも、不毛すぎる。
 彼のことを考えている間は、焦りばかりが心に残る。
 彼のことを頭から追いやれば、不安で胸がいっぱいになる。
 ならばどうすればいいのだろうか。
 直江は暗い眼になって、黒板を睨みつけた。
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「一緒には帰れないんですか」
「うん、まだ授業があるから」
「残念だな」
 自分より遥かに背の高い男三人に囲まれて、美弥は嬉しそうにしている。
 その笑顔を見られただけでも、よかったなと千秋は思った。
 不肖の兄を持って苦労しているはずの美弥が、小さな身体でニコニコしている姿を見ると、千秋はどうしても構ってやりたくなってしまう。
「ほら、美弥。次の授業、始まるから」
「うん。今日は本当にありがとうございました」
 美弥は千秋と直江に向かって、頭を下げた。
「いいえ、気になさらないでください」
「そうそう。じゃ、お勉強、がんばって」
 促されるようにして、美弥は友達の輪の中に戻っていく。
 三人が教室を出ようとすると、背後からこんな声が聞こえてきた。
「ねえ、だれだれ?」
「眼鏡のひと、めちゃくちゃいけてんじゃん!」
 その声に、うんうん、と千秋は頷いた。もちろん心の中で。
「スーツの人は?いくつくらい?」
 その友達の問いには美弥が、
「直江さんはダメだよー。お兄ちゃんのものだもん」
 臆面もなく、そう答えた。
「美弥っ!」
 慌てて振り返る高耶に、
「よくわかってんじゃん」
 千秋はそう声をかける。
「笑ってねーで、お前も何とか言えよっ!」
 高耶が赤い顔で直江を責めると、
「私はあなたのものですよ、高耶さん」
 直江は苦笑いでそう言った。
 教室の女子たちの間から、何故か歓声が上がる。
「直江──っ!!」
「さあ、行きましょう」
 高耶は、直江に引きずられるようにして歩きだす。
 そんなふたりを見ながら、
「勝手にやってくれ……」
 千秋はうんざり顔を作った。




「おにいちゃん!」
 教室に入るなり、美弥が駆け寄って来た。
「ほんとに来てくれたんだ!」
「約束したろ」
「うん!」
 始業前の教室を見渡すと、やはり最後だからという理由でか、座席の後ろの方には結構な人数の父兄たちが集まっている。
「学校は?さぼって怒られない?」
「ちゃんと、許可貰ってあるからな」
 もちろんそんなものは貰っていなかったが、高耶がいなくたって教師たちは騒ぎもせず、通常通りの授業を行うだろう。
「ほら、席に着け」
「うん」
 美弥が席に戻ると、高耶は教室の隅の方に立った。
 まわりは落ち着いた年齢の大人たちばかりだ。ひとりだけ高校の制服を着た高耶が、正直居心地が悪いな、と感じ始めたその時、教室の扉が開いた。
「よっ」
「お前っ……!」
 入って来たのは、千秋修平だった。
「何しに来たんだよ」
「ほら、"従兄弟"としては、な」
 いったいどこで聞きつけたのかと呆れていると、美弥が千秋に気付いて声をあげる。
「千秋さん!」
「美弥ちゃ~ん」
 千秋が手を振ると、美弥も恥ずかしそうに振り返した。
 そろそろ始業の時間だ。
 高耶は、どうしても扉の方を見て確認してしまう。
(やっぱ……来ないか……)
「なんだ?」
 気付いた千秋が声をかけてきた。
「いや、ちょっと……」
 高耶が言い淀んでいると……、
  ガララララ
 扉が、開かれた。
 長身で、いつものダークスーツ姿で、どうしても人目を引く容姿を持ったお馴染の男が、そこには立っている。
「直江!」
「げ、来やがった」
「すみません、遅くなりました」
 直江はいつもの微笑みで、高耶にそう謝った。
「いや……」
 高耶は感謝の気持ちを伝えたいと思うのだが、なかなか言葉に出来ない。結局、
「もう、始まるぜ」
 それだけ言うと、高耶は前へ向き直った。
 馬鹿なことを言ってしまった……。でも直江なら、きっと自分の気持ちに気付いてくれるはず。ちらりと横に立つ直江を見ると、まるで高耶の心を読んだかのように、無言で頷き返してきた。高耶は慌てて視線を戻す。
 視線の先の美弥も直江が来たことに気付いたらしく声をかけようとするが、始業のチャイムに阻まれてそれは出来なかった。
 けれど、本当に嬉しそうな顔でこちらに笑いかけてきた。




「父兄参観?」
 今度、高耶の妹の中学校で父兄参観があるらしい。
『ほら、高校生になったらさ、あんまそういう機会もないだろ。最後だからさ』
「あなたが行くんですか」
『親父が行く訳ねーし』
「そうですか……」
 高耶の父親は多忙のようだがら、それも仕方がないかもしれない。
「それ、私が行ってもいいんですか?」
『は?』
「まあ、"従兄弟"ですから。構いませんよね?」
 直江がそういうと、
『……マジで言ってんの?』
 受話器の向こうの高耶の不審顔が、目に浮かんだ。




「今まで食べた中で一番おいしいものってなんだった?」
 高耶が急に、そんなことを口にした。
「そうですね……断食行の後の粥、ですかね」
 直江は悩みながら答える。
「断食?そんなのしたことあんだ」
「随分と前のことですが。粥といっても玄米の混じった白湯に近いものでしたが……甘くて、飲み込んだ後に胃から栄養分が身体に染み入っていくのがわかるようでした」
 最近は禅寺などで、一般人に向けて泊まり込み断食コース、というようなのがあるらしい。
「あなたも行ってみれば」
「よせよ」
 高耶は笑った。
 直江は高耶に質問を返す。
「あなたは?何が一番美味しかったですか?」
「うーん……。オレ、一番っていうのはわかんねーけど、学校帰りの寄り道だけはやめらんねーな」
 高耶が最近の若者らしく、ファストフードをこよなく愛していることは直江も知っている。思わず笑みが漏れた。
「あ、でも中坊んとき譲んちで食わせて貰ったハンバーグは、最高にうまかったなあ」
 おばさんの腕がいいせいなのか、オレが家庭料理に飢えてただけなのかはわかんねーけど、高耶は呟く。
「私はてっきり、美弥さんの手料理、とかかと思ってました」
「あ!そうだよな!そうしよう、美弥のカレーにする。オレが教えてやっただけあって、ウマいんだ」
「つまり、自画自賛ということですね」
「……そうなるかも」
 ふたりは顔を見合わせると、同時に吹き出した。



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