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 顔を上げると睨み付ける潮がそこにいた。
 兵頭も細い眼になって見つめ返す。
「何の用じゃ」
「おまえ………っ」
といったあと、気持ちを落ち着かせるためか、肩で大きく呼吸したあと暫く間を置いた。
 また、しょうもない言いがかりでもつけてくるのだろうとタカをくくっていた兵頭の耳に聞こえて来た言葉は、想定外のものだった。
「仰木と……キスしたんだって?」
「………ハァ??」
 思わず声が裏返ってしまった。

□ □ □

 ───ウマかった
「くっそおおお~~~~~!!」
 兵頭の、"キスの感想"が頭から離れない。
 潮は腸が煮えくり返る思いだった。
 にっくき兵頭に最愛の仰木高耶の唇を奪われたのだから。
(美味いと巧い、どっちだよっ!)
 大体橘は何やっていたんだと思うのだが、兵頭の怪我を理由に高耶が報復を止めたのだという。
 じゃあ何だアレか。俺が怪我してりゃあ、お前を押し倒してもやり返さねーのか??
 兵頭を理由無く殴っても、俺が怪我してたらお前は俺の味方になってくれるのか??
 だんだん脱線し始める思考のまま、仰木高耶の部屋へと潮は走る。
 そして、勢いよく扉を開けた。
「仰木っ!兵頭とチューしたってほんとか!?」
 飛び込んできた潮に、高耶が白けた視線を寄越す。
「何バカなこといってるんだよ」
「だってよう!許せねえよ、兵頭のやつ!お前と……お前と……ッ」
 握った拳をブルブルと震わせている潮に、高耶は淡々と言った。
「あんなのはキスじゃない」
「じゃあなんだよッ」
「唇と唇がぶつかっただけだ」
「だから、それをキスっていうんじゃないのかよっ」
 叫んだ潮に、高耶は意味深な事を言った。
「"キス"はそんなもんじゃないだろ?案外お子様なんだな」
 高耶の妖しげな笑みに動悸を激しくしながら、潮はなんとか言葉を紡ぐ。
「じゃ、じゃあどんなのがキスっていうんだよ」
「大人になったら教えてやるよ」
軽くあしらわれて、潮の中で何かがキレた。
「いっ、いま教えてくれよ~~うっっ!」
 背後から飛びついて高耶を押し倒し、そのまま唇に唇を押し付けた。
しばらくの間その体勢のままもつれ合っていたふたりだったが、
「ヴゥゲェッ!!」
 耐えかねた高耶に股間を蹴り上げられて、潮の身体がやっとはがれた。
「気が済んだか」
 まるでリングから下りたばかりのボクサーのように、高耶が去っていく。
 後には放心状態の潮が残された。
「ウ、ウマい……」
 潮の頬は、何故か赤い。

□ □ □

 その頃医務室では、保健室にたむろする高校生さながら、噂話に花を咲かせる隊士達がいた。
「聞いたか。隊長と兵頭さんが、接吻したっちゅうハナシ」
「聞いた、聞いた。隊長の毒は大丈夫なのかのう」
「蠱毒薬さえ飲んどれば平気らしい 」
「兵頭さんとするんなら……わしにも可能性があるかもしれん」
「べこのかあ。んな訳あるか」
「いや、武藤のヤツがおんなしことを考えたんじゃ」
「やったのか!」
「なんでもとろけるようだったらしい」
「く~~~~たまらんのう」
 怪我の手当てに訪れていた橘が明らかに不機嫌になっていくから、中川は慌てて隊士たちを追い出した。
「全く大変な時だというのにねえ……って、あれ?橘さん?」
 何も言わずにいなくなってしまった橘に、不吉な予感を覚えた中川だったが……。
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 ふたりは、女鳥羽川沿いまでやってきていた。
 流れる川の表面がキラキラと反射して光る。
 そんな何気ない光景すら特別に思えるのは、隣に彼がいるからだろうか。
 傍らを振り返ると、高耶がこちらを見ていた。
「飽きませんか?」
「そりゃ、こっちのセリフだっつーの。さっきからひとりでニヤニヤしやがって」
「ニヤニヤなんてしてませんよ」
 高耶が大げさに声を張り上げる。
「しーてーた!大体こんな川、とうの昔に見飽きてるんだよ、こっちはッ」
「大きな声ですね。そうやっていつも無駄なカロリーを消費しているんですね」
「よけーなお世話だよッ」
「ずいぶんとご機嫌ななめですね。もしかしてもうおなかが空いたんですか」
「さっき食ったばっかだろーが!ガキかよ、オレはッ」
「カルシウム不足かもしれませんね。ちゃんと牛乳飲んでますか。好き嫌いは駄目ですよ」
「だからガキじゃねえってッ!」
 何が楽しいのか、ふたりはしばらくそこで、何かを言い合っていた。




「髪、伸びましたね」
「ん?」
 汗で張り付いた前髪をかきあげてやると、随分と重たい。
「眼、悪くしますよ」
「……あんまり出したくねえんだよ」
 どうやら邪眼を隠す目的があるらしい。
「こんなに綺麗なのに」
 それを聞いて、高耶はたぶん意図的に眼を閉じた。
 黒々とした睫毛が濃い影をつくる。
 あらわになったおでこを通り越して生え際のあたりに口付けると、
汗の匂いがしてくる。
「高耶さん?」
「……ん?」
「まだ眠らないで」
「ん──……」
 今夜もまだまだ休む気にはなれない直江だった。 




 ここは、欲しいものを伝えると必ず手に入るという、最近話題の神社だ。
 ちょっとした調査で訪れたふたりは、拝殿の前で立ち止まった。
「お参りだけでもしていきましょうか」
「……いいけど、別に今欲しいもんとかねーし」
 そう言いつつも、賽銭箱の前に立つ。
「ほんとに欲しいんなら、神頼みとかしちゃ駄目じゃね?」
「日常が少し潤うような、簡単なものでいいんですよ」
という言葉で誤魔化しながら、横に並んだ直江は心の中ではしっかり高耶の
名前を唱えつつ、拝礼の手順を踏んだ。
 ところが直江が壇を下りてからも、高耶はなかなか思いつかないようだ。
 結局、
「"うまいメシ"にする」
と言って礼を始めた。
 直江は思わず笑ってしまう。
「あなたの優先順位はいつだって胃袋が一番なんですね」
 まるで子供がするように、思いっきし鈴をかき鳴らしてから戻ってきた
高耶にそう言うと、
「胃じゃなくって舌って言えよ」
と笑って返された。




 今日の日替わり定食は、トンカツに肉じゃがまでついていたらしい。
 会議終了後、顔見知りの隊士が嬉しそうに話していた。
 昨日、直江の隊の活躍で、ここしばらく続いていた宿毛周辺の小競り合いに決着がついたのだ。
 その勝利記念でおかずを豪華にしてくれたらしい。
 宿毛の日替わり定食といえば、足摺の連中が海上を見廻るついでに獲ってきた魚介類や、赤鯨衆の持ち畑で採れた野菜など、肉のあまり使われていないものが多い。
 とはいえ直江はそれすらあまり口にしたことがなかった。
 食堂へ行くのは大抵夜中になってからだから、日替わりなんてとっくに売り切れていて、翌朝の物資配送が来ない限り、注文は限られたものしか頼めない。
「あ、橘さん、お疲れ様です」
 カウンター越しに、何にします?と訊いてきた夜番の食堂員に、なんでもいいと言って
席に着いた。どうせいつも残り物を寄せ集めた、似たようなメニューなのだ。
 しかも昼間はすぐに出てくる料理も、夜中は下ごしらえなどで時間が掛かる。
 ところが。
「はい、どうぞ」
「……………」
 しばらく経って、わざわざ席まで持って来てくれたお膳には、しっかりトンカツと肉じゃがが乗っていた。
 意外に思って顔を見ると、なじみのその食堂員はにっこり笑った。
「うまいっすよ」
 わざわざ取っておいてくれたらしい。
「ありがとう」
 礼を言って受け取ると、なんだか嬉しそうに戻っていった。
 彼は現代霊だ。
 もともと前線に出ていたのだが、念動力があまり上手ではなく、今は外されてしまっている。
 しかしそのうちにまた復帰するつもりで、毎日の訓練は欠かしていないのだそうだ。
 戦場で会う日も近いかもしれない。
 噛み砕いたトンカツは、サクサクの衣に肉も柔らかく、とても美味しいものだった。



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