「……やっちまった」
起床予定は午前六時半。けれど時計はすでに八時近い。
もちろん、ツインルームのもう片方のベッドに、直江の姿はない。
ふと、昨晩の出来事が蘇った。
『まだ、起きていたんですか』
事後処理を終えた直江は、深夜になって帰ってきた。
先に帰った高耶はとっくに寝たものだと思っていたようだ。
『朝、起きられなくなりますよ』
『ガキじゃあるまいし。へーきだって』
『まあ、明日は多少寝過ごしても大丈夫ですから』
『だから、起きれるって言ってんだろ』
『はいはい』
「くそ……」
急いで服を着替えながら、絶対何か言われるなと思っていたら、案の定、直江は部屋に戻ってくるなり、
「おや、ずいぶん早起きですね」
と、声をかけてくる。
「……起こせよ」
「起こしましたよ」
「うそつけよ」
「本当ですよ」
真顔だった直江の表情が、こらえきれずに緩みだした。
「なんだよっ」
「いいえ。さすが、大人は違いますね」
「うるせぇっ」
高耶は脱いだばかりのスウェットを、直江に向かって投げつけた。
起床予定は午前六時半。けれど時計はすでに八時近い。
もちろん、ツインルームのもう片方のベッドに、直江の姿はない。
ふと、昨晩の出来事が蘇った。
『まだ、起きていたんですか』
事後処理を終えた直江は、深夜になって帰ってきた。
先に帰った高耶はとっくに寝たものだと思っていたようだ。
『朝、起きられなくなりますよ』
『ガキじゃあるまいし。へーきだって』
『まあ、明日は多少寝過ごしても大丈夫ですから』
『だから、起きれるって言ってんだろ』
『はいはい』
「くそ……」
急いで服を着替えながら、絶対何か言われるなと思っていたら、案の定、直江は部屋に戻ってくるなり、
「おや、ずいぶん早起きですね」
と、声をかけてくる。
「……起こせよ」
「起こしましたよ」
「うそつけよ」
「本当ですよ」
真顔だった直江の表情が、こらえきれずに緩みだした。
「なんだよっ」
「いいえ。さすが、大人は違いますね」
「うるせぇっ」
高耶は脱いだばかりのスウェットを、直江に向かって投げつけた。
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「それで必要になってくるのが───」
「さっきの公式か!」
なるほどなるほど、と高耶は答えを書き込んでいく。
近々試験があるとかで、高耶は旅先のホテルにまで参考書を持ち込んでいた。
「あのバカ教師も、こうやって教えてくれりゃあわかるのにな」
それは直江の教え方がうまいということだろうか?
だったら素直にそういえばいいのに。
「そこらの教師に真似なんてできませんよ」
直江は少し自慢げに言った。
「おまえほど頭がよくないってか?はいはい」
高耶は半眼になって取り合わない。
「そうではなくて。あなたにどう言えば正しく伝わるか、何と説明すれば理解してもらえるか、そのことを私は誰よりもよく知っていますから」
「…………」
「四百年かけて培ったものを、簡単に真似されてはたまりませんよ」
「………ふうん」
急に大人しくなった高耶は、納得とも不満ともつかない顔で、返事をした。
「さっきの公式か!」
なるほどなるほど、と高耶は答えを書き込んでいく。
近々試験があるとかで、高耶は旅先のホテルにまで参考書を持ち込んでいた。
「あのバカ教師も、こうやって教えてくれりゃあわかるのにな」
それは直江の教え方がうまいということだろうか?
だったら素直にそういえばいいのに。
「そこらの教師に真似なんてできませんよ」
直江は少し自慢げに言った。
「おまえほど頭がよくないってか?はいはい」
高耶は半眼になって取り合わない。
「そうではなくて。あなたにどう言えば正しく伝わるか、何と説明すれば理解してもらえるか、そのことを私は誰よりもよく知っていますから」
「…………」
「四百年かけて培ったものを、簡単に真似されてはたまりませんよ」
「………ふうん」
急に大人しくなった高耶は、納得とも不満ともつかない顔で、返事をした。
ところが医務室へ来てみても、肝心の中川がいなかった。
鼻血は止まったものの顔面蒼白の卯太郎は、ベッドへ横になるとそのまま目を閉じてしまった。
貧血のせいで、意識がはっきりしていないようだ。
すぐにでも処置をしなければならないというのに、高耶は何故か上の空でいた。
「どうしました」
「いや……昔はあーゆうのすげえとか思ってたけど、今見るとたいしたことないのな」
達観した表情を浮かべて、腕を組んだりしている。
「何故でしょうね」
「さあな。どっかの誰かの頭ん中が、AVでもできねーようなことでいっぱいだからだろ」
「……どっかの誰かさんはソレを悦んでいるようですけどね」
少しだけ笑みを浮かべた直江が、高耶の頬に手を伸ばす。
そのまま互いの顔が近づいて、今にも唇が触れるかというところで痛い視線に気が付いた。
せっかくとまった鼻血をまた吹き出しながら、卯太郎がふたりを見つめている。
「………だいじょうぶか」
高耶が何事もなかったように、パタパタと手で仰いでやると、
「中川を呼んできます」
直江も何事もなかったように部屋を出て行った。
「おうぎさん……えーぶいにもできないことちゅうのは……よろこんでちゅうのは……」
潤んだ瞳でいう卯太郎に、高耶は冷静な声でぴしゃりと言った。
「いいから、忘れなさい」
鼻血は止まったものの顔面蒼白の卯太郎は、ベッドへ横になるとそのまま目を閉じてしまった。
貧血のせいで、意識がはっきりしていないようだ。
すぐにでも処置をしなければならないというのに、高耶は何故か上の空でいた。
「どうしました」
「いや……昔はあーゆうのすげえとか思ってたけど、今見るとたいしたことないのな」
達観した表情を浮かべて、腕を組んだりしている。
「何故でしょうね」
「さあな。どっかの誰かの頭ん中が、AVでもできねーようなことでいっぱいだからだろ」
「……どっかの誰かさんはソレを悦んでいるようですけどね」
少しだけ笑みを浮かべた直江が、高耶の頬に手を伸ばす。
そのまま互いの顔が近づいて、今にも唇が触れるかというところで痛い視線に気が付いた。
せっかくとまった鼻血をまた吹き出しながら、卯太郎がふたりを見つめている。
「………だいじょうぶか」
高耶が何事もなかったように、パタパタと手で仰いでやると、
「中川を呼んできます」
直江も何事もなかったように部屋を出て行った。
「おうぎさん……えーぶいにもできないことちゅうのは……よろこんでちゅうのは……」
潤んだ瞳でいう卯太郎に、高耶は冷静な声でぴしゃりと言った。
「いいから、忘れなさい」
部屋を出ようと卯太郎の背中を押しながら、どうしてもDVDの音が耳に入ってくる。
甘ったれた声を出す女優と卑猥な言葉を発する男優とのやりとりが、自分のどうしようもない痴態を思い出させるから、なんだかいたたまれなくなってきた。
とそこへ、
「隊長」
引き戸がガラッと開いて、黒のミリタリーウェアを着込んだ男がやってきた。
「う、うわあっ!」
「かくせっ!」
またしても潮らは慌て出し、楢崎などは身を挺して画面を隠したりしている。
「………なんだ、橘か」
「早く閉めろって!」
高耶の時と同じようなやり取りがされ、直江が言われた通りに引き戸を閉めると、みたび鑑賞会は再開された。
男所帯なのだから誰かに見つかったからといって咎められるものでもなさそうだが、やはりこういうものは隠れてみたほうが雰囲気が出るのだろうか。
突っ立ったまま流れ始めたビデオに視線が釘付けになっていた直江は、少ししてから不審気に高耶をみた。
「あなたまでこんな……」
「ちがう、オレは」
「しっ!ちょっとだまって!!」
高耶の言葉を制して誰のものかもわからない声が飛ぶ。
平隊士が天下の仰木高耶に黙れと言えてしまうほど、AVのチカラというのはすごいらしい。
高耶はため息をついて、まだ血が止まらないでいる卯太郎の腕を掴んだ。
「ちょっと中川んとこ連れていってくる」
「私も行きます。話があったんです」
貧血でふらつきはじめた卯太郎は直江がおぶってやって、医務室へ向かうことにした。
「あんなもの観て。欲求不満だったんですか」
「馬鹿いうな」
「言ってくれればよかったのに」
「……………」
違うと言っているのに直江もしつこい。
「………卯太郎がいるんだぞ」
そう言って直江の背中を見ると、卯太郎は苦しそうに呻いていて、ふたりの会話などまるで聞こえていないようだった。
甘ったれた声を出す女優と卑猥な言葉を発する男優とのやりとりが、自分のどうしようもない痴態を思い出させるから、なんだかいたたまれなくなってきた。
とそこへ、
「隊長」
引き戸がガラッと開いて、黒のミリタリーウェアを着込んだ男がやってきた。
「う、うわあっ!」
「かくせっ!」
またしても潮らは慌て出し、楢崎などは身を挺して画面を隠したりしている。
「………なんだ、橘か」
「早く閉めろって!」
高耶の時と同じようなやり取りがされ、直江が言われた通りに引き戸を閉めると、みたび鑑賞会は再開された。
男所帯なのだから誰かに見つかったからといって咎められるものでもなさそうだが、やはりこういうものは隠れてみたほうが雰囲気が出るのだろうか。
突っ立ったまま流れ始めたビデオに視線が釘付けになっていた直江は、少ししてから不審気に高耶をみた。
「あなたまでこんな……」
「ちがう、オレは」
「しっ!ちょっとだまって!!」
高耶の言葉を制して誰のものかもわからない声が飛ぶ。
平隊士が天下の仰木高耶に黙れと言えてしまうほど、AVのチカラというのはすごいらしい。
高耶はため息をついて、まだ血が止まらないでいる卯太郎の腕を掴んだ。
「ちょっと中川んとこ連れていってくる」
「私も行きます。話があったんです」
貧血でふらつきはじめた卯太郎は直江がおぶってやって、医務室へ向かうことにした。
「あんなもの観て。欲求不満だったんですか」
「馬鹿いうな」
「言ってくれればよかったのに」
「……………」
違うと言っているのに直江もしつこい。
「………卯太郎がいるんだぞ」
そう言って直江の背中を見ると、卯太郎は苦しそうに呻いていて、ふたりの会話などまるで聞こえていないようだった。
誰も使っていないはずの会議室から女性の声が聞こえて、不審に思った
高耶は扉をガラリと開けた。
「げっ!!」
「とめろって!はやくっ!」
慌てふためいてなにやらリモコンを操作しているのは、潮や楢崎を筆頭と
したいつもの問題児たちだ。
「なんだ、仰木かあ」
振り返った潮がほっとしたように言って、後ろ手に隠していたものを
高耶にみせる。
「お前も観るだろ、コレ」
それはアダルトDVDのパッケージだった。
「再生しますよ!」
二人の会話など待ってられないとばかりに楢崎がボタンを押すと、再び
映像が流れ始める。
「うわぁ……」
「現代人はものすごいのう……」
食い入るようにして画面を見つめる男達の姿に、高耶はため息をついた。
「おまえら……」
馬鹿なやつらは放っておこう、と部屋を出て行きかける。
ところが部屋の隅っこに、あってはならない姿を見つけてしまった。
「う、卯太郎っ!なにやってるんだ!」
ポーっとのぼせた顔で立っている卯太郎の鼻からは、大量の血液がぽたぽたと
流れ出ている。
「こら、観るな!目を閉じろ、目を!」
慌てて後ろを向かせると、卯太郎はぐったりなって寄りかかってきた。
服に染み込んだ血の量からみても、かなり失血が酷そうだ。
「AV観て失血死なんてやめてくれよ」
「はい……すびばせん」
医務室へ行こう、と促すと、止まらない鼻血を手で押さえながら、卯太郎は
名残惜しそうに画面を振り返りつつ歩き出した。
高耶は扉をガラリと開けた。
「げっ!!」
「とめろって!はやくっ!」
慌てふためいてなにやらリモコンを操作しているのは、潮や楢崎を筆頭と
したいつもの問題児たちだ。
「なんだ、仰木かあ」
振り返った潮がほっとしたように言って、後ろ手に隠していたものを
高耶にみせる。
「お前も観るだろ、コレ」
それはアダルトDVDのパッケージだった。
「再生しますよ!」
二人の会話など待ってられないとばかりに楢崎がボタンを押すと、再び
映像が流れ始める。
「うわぁ……」
「現代人はものすごいのう……」
食い入るようにして画面を見つめる男達の姿に、高耶はため息をついた。
「おまえら……」
馬鹿なやつらは放っておこう、と部屋を出て行きかける。
ところが部屋の隅っこに、あってはならない姿を見つけてしまった。
「う、卯太郎っ!なにやってるんだ!」
ポーっとのぼせた顔で立っている卯太郎の鼻からは、大量の血液がぽたぽたと
流れ出ている。
「こら、観るな!目を閉じろ、目を!」
慌てて後ろを向かせると、卯太郎はぐったりなって寄りかかってきた。
服に染み込んだ血の量からみても、かなり失血が酷そうだ。
「AV観て失血死なんてやめてくれよ」
「はい……すびばせん」
医務室へ行こう、と促すと、止まらない鼻血を手で押さえながら、卯太郎は
名残惜しそうに画面を振り返りつつ歩き出した。
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