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「どうしました?」
 ふたりで夕飯を食べているのに、高耶は何だかうわのそらだ。
「……歯が痛い」
「虫歯ですか」
「たぶん……」
 譲が聞いたら怒り出しそうだが、高耶は歯医者が苦手なのだ。
「我慢しててもよくはなりませんよ」
「わかってるけど………なあ」
「何です」
「おまえ、歯医者になれよ」
「………はい?」
「今から学校通ってさ。卒業するまで、オレ待つから」
 何を言い出すかと思えば、直江なら治療を任せてもいいという。
「私なら、痛くしなさそうだから?」
「そう」
「つまり、巧そうだと」
「そうそう」
「テクニシャンだろうと」
「………やっぱいいわ」
 直江のおかげで、高耶は歯医者へ行く決心がついた。
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  きみがおーもうーよりもー♪
  ぼくはーきみがーすきっ♪

 料理をしながら盛大に歌っていると、
「更にそれ以上、私はあながた好きですよ」
 背後から言われた。
「……そういう歌があるんだよっ」
 高耶は、赤面しながら振り返り、そう反論した。




「残念でしたね」
 夜、本部からの伝令だとか言って、無理やり作戦地までやってきた直江は、外で独り佇んでいた高耶の背中に声をかけた。
「直江」
 振り返った高耶は、少々ふくれっつらだ。
「あんなに焦がすとは思わなかった」
 高耶は昼間、潮との飯ごう炊さん対決で、見事な負けを喫していた。
 いま直江は、潮からその話を散々聞かされてきたところだ。
 赤鯨衆に来る前の高耶は野外で自炊していたと聞いていたけれど、すでにその頃の勘は鈍ってしまっているらしい。
「あなたは固めのほうが好きだから、水を少なくしすぎたんでしょう」
 そう言うと、
「……おまえが柔らかくしすぎるんだ」
と返された。
 そういえば昔、"これじゃあ米を食べている気がしない"とまで言われたことを思い出した。
 もちろん白米など口に出来なかった時代もあったのだが、食材が芋だろうが豆だろうが、よく煮込みすぎだと怒られたものだ。
 その頃の回想に浸っていると、
「おまえ、飯ごうでメシ炊けるよな」
 高耶も考え事の顔で言ってきた。
「ええまあ」
 しばらくやっていないけれど、やってできないことはないだろう。
「なら明日、おまえが武藤と勝負しろ」
 え、と直江は思わず反論顔になった。
 ただでさえ強硬手段でここへやってきてしまったから、この後すぐ宿毛に戻る予定なっているのだ。
「命令だ」
 高耶は意思を曲げようとしない。
 いつもは高耶のほうから帰れと言い出すのに、何だか珍しい。
「オレの仇を討って来い」
 そう言い残して、高耶は去っていく。
「……御意」
 直江は笑いながら、満天の星空をみあげた。




 飯ごうを持って準備へと走る潮の浮かれようを見ていて、ふと誰かの姿と重なった。
(オレ……か……?)
 そういえば昔、松本市内のキャンプ場へ出掛けたことがあった。
 きっかけは、美弥がキャンプに行った事がないと言い出したことだった。
 実は美弥は、ちゃんと泊りがけのキャンプにも行ったことがあったけど、あまりにも小さかった為にそれを覚えていなかったのだ。
 それを聞きつけた千秋が、妙に張り切って色々と準備をし、譲も誘って日帰りで出掛ける計画となった。
 しかも千秋が"俺様の車に野郎は乗せない"とか言い出して、譲と自分を乗せるために直江まで呼びつけた。
 結局は美弥も直江の車で現地へと向かったのだが、あの時、美弥よりも自分のほうがよっぽどテンションが高かった気がする。
 直江が、こんなことのためにわざわざ車を出してくれたことが嬉しかったのも、その原因のひとつだったと思う。
 直江はそんな自分を見て、どう思っていたのだろう。
 微笑ましいとか、子供っぽいとか思っていたのだろうか。
 それとも、自分の無邪気な信頼を感じ取って、罪悪感に息を詰まらせていたのだろうか。
「おうぎ~!」
 脳裏にぼんやりと描いたあの頃の自分の姿は、潮の大声にかき消された。




 転がっていた大きな石に腰掛けて、高耶が作戦の指示書に目を通していると、
「仰木!」
 武藤潮が、何故か飯ごうを片手に笑顔で駆け寄ってきた。
「メシ、どっちがうまく炊けるか競争しようぜっ!」
「……………」
 高耶と一緒の作戦に参加するのはかなり久しぶりだからと、昨日から潮が浮かれているのはわかっていた。
 ずいぶん大きな荷物を抱えて車に乗り込んでいたし、何かあるとは思っていたのだ。
「ほら、向こうにカマドも作ってあるからさ!」
 どうやらこの作戦拠点に、キャンプセットを一式持参したらしい。
(ばか………)
 今回の作戦のようにたった1日だけの野宿ですむ場合は、通常大掛かりに炊事をしたりはしない。
 食事時に栄養補助食なんかが配られて終わりなのだ。
 それなのにひとり、白飯を食べる気でいるらしい。
「米を勝負のネタに使ったりしたら、農家の人に怒られんぞ」
「なんだよ~、炊き上がったらちゃんとおいしく食うんだからさ~」
 それとも、おいしく炊ける自信がないとか?、と意地悪い笑顔で聞いてくる。
「……わかったよ」
「よっしゃあ~~!」
 作戦開始は明日早朝。
 今は切羽詰った状況でもないし、いい時間つぶしにはなるかもしれない。
 高耶は、しょうがないなと立ち上がった。



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