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「あ、千秋待って。ジュース買う」
「はいよ」
 譲が自販機に小銭を入れて、ボタンを押すと、
「お」
 自販機についていたスロットが回りだす。
 4桁の数字が「777」まで揃ったところで、
「な、なに?」
 千秋が数字の並んだ画面をどかどかと叩き出した。
「………チッ」
 健闘むなしく、最後の数字は「8」。
「当たんないようになってるんだよ」
「いや、これで当たったことある」
 え、まじ?と聞き返しながら譲は、
「419歳のくせに、みみっちいよね」
 笑いながら言った。
「………みみっちいはともかく、俺、419歳ではないぜ?」
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「ごっめ~ん!」
「おっせーよ」
 へろへろと走りながらやってきた綾子を、千秋はじろりと睨み付けた。
「知ってんだろ、俺は待たされんのが大嫌いなんだよ!」
「知ってるわよ~、だから化粧もせずに来たんじゃな~い」
「しろよ!化粧は!」
「いやよ~、かったるい。あ、運転、優しくお願いね。二日酔いなの」
「………面倒くせぇ」
 何だかんだ言いながら、ハンドル捌きに気を使ってしまう千秋なのだった。




 9月25日。
「高耶さん」
 改札口を出るとすぐ、直江の声がした。
 電話ではしょっちゅう話していたけれど、顔を見るのは約二週間振り。
 まっすぐにこちらを見てくる直江の視線が照れくさい。
「よう」
 挨拶の声も、何だかぎこちなくなってしまう。
 が、直江の方はいつもと変わらない声で、
「行きましょう」
 高耶を促すと、歩きだした。
「忙しかったのか」
「ええ、とっても。あなたを呼び寄せて、手伝ってもらおうかと思いました」
「今時の坊さんの所作なんて、わかんねーぜ、オレ」
 しかしあまりに人手が足りない為に、橘家では長兄を駆り出そうという話し合いまで持たれたらしい。
「経を詠むのは何十年振りとかいうもので、さすがに断念しましたが」
 まあ、不動産一筋人間の唱えるお経では、ご先祖様の霊魂も鎮まりようがないかもしれない。
 苦笑いを浮かべる直江の横顔を、高耶は笑って見つめた。
「こっちです」
 広い駐車場に片隅に停まるグリーンの車の扉を直江が開けて、高耶はいつもの通り助手席へと座る。
 そして運転席側に回り込んだ直江は乗り込むなり、
「高耶さん」
 待ちきれないといった様子で、高耶の腕を引いて抱き寄せた。
「………人に見られる」
「構わない」
 直江は高耶を抱く腕に更に力を込める。
───……」
 高耶も手を、直江の背中へとまわした。
 ………何と言ったらいいのだろう。
 心にあいていた穴が埋められていく感じ?ずっと不自由だった身体の部分がやっと元に戻った感じ?完全ではなかったものが、完全になったという満足感と充足感と快感。幸福感。
 高耶がそんな感覚を抱いていると、
「………生き返る心地がします」
 直江は静かに、そう呟いた。




 9月12日。
「だからですね、お彼岸というのは仏教行事というよりも、日本独特の年中行事なんですよ」
「ふうん」
 ソファで隣に腰掛けている高耶は、気のない返事をよこしてきた。
「聞いてます?」
「聞いてるよ。つーか知ってる。で、そのせいで、おまえは連休だってのに実家を離れらんないんだろ」
 高耶はすねた口調で言った。
「………すみません」
 来週末からは祝日が続く暦となっているから、直江としても高耶とずっと一緒に過ごしたいところだ。
 けれど彼岸会と重なっているものだから、その前後の法事を連休中にまとめて済ませてしまおうという檀家も多く、光厳寺は中々に忙しい。
「金曜の夜には東京に戻りますから、土曜日、ちゃんと駅まであなたを迎えに行きますよ」
「………絶対だぞ」
「ええ」
 視線を合わせて頷くと、高耶にしてはめずらしく、自分から直江の首に両腕を回してきた。




 仕方なく、言いつけ通りに浴室へと入ってシャワーの蛇口を捻ると、高耶好みの少しぬるめのお湯が出てきた。
(しくじったな………)
 温度設定を少し高めに変えながら、直江は今朝ここで立てた計画を心の底から悔やんでいた。
 PD社の社長を巻き込むことなくただ兄と食事に行っただけなら、きっともっと早くに帰ってこられただろうに。
 浅はかな自分を呪わしく思いながら浴室を出ると、キッチンから高耶の姿が消えていた。
 寝室を覗いてみると、高耶はベッドの端っこの方で丸くなっている。
「隣、いいですか」
「………いいよ」
 布団に入って、後ろから肩に触れても怒られなかったから、背後からそのまま抱きしめた。
───オレさ」
「はい?」
「卒業したら、東京に来ようかと思う」
「えっ」
 驚きのあまり、直江は二の句が告げられなかった。
 あれだけ松本を離れることは出来ないと言っていたくせに………。いったいどうしたというのだろう。
「そうなったら、ここに住もうと思うんだけど」
「ぜ、ぜひそうしてください」
「けど、おまえにしてみたら面倒なことなんじゃないか?帰り遅くなる度に、オレのこと気にしなきゃなんないし」
「面倒な訳ないでしょう!」
 思わず声が大きくなっていた。
「……そっか」
 つぶやく高耶を抱く腕に、ぎゅっと力を込める。
「出来るものなら、うちの事務所に就職してもらって、朝昼晩、ずっと一緒に………」
 直江は本心からそう思うのに、何故かおかしそうに笑った高耶は、その身体を小さく揺らした。
「ベッドはもうひとつ買うからな」
「ええ!何故です!一緒に寝るのが嫌なんですか!」
「………いや、対外的なもんがあるだろ。ふたりで住んでて、ベッドひとつじゃおかしすぎる」
 高耶は呆れた声を出しながら、
「それにほら」
 直江の手を掴んだ。
 導かれるまま辿り着いた先には、しっかりと反応した高耶の性器。
「毎晩こんなことになってたら、オレ、身体が持たない」
 ……自分としては、大歓迎だと思いつつ、
「じゃあ、今夜は身体への負担をかけずに満足出来る方法を模索してみましょう」
「…………淡白なのは、やだぜ?」
 大丈夫と直江は頷いた。
「ちゃんと濃厚で、ハイクオリティな、スペシャルコースですよ」
 耳元で、そう囁くと、腕の中の高耶の身体が、ぶるりと震えた。



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