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『 飯ごう 01 』≪≪    ≫≫『 WD 03 』   
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 直江が電話に出るまでの時間が、ものすごく長く感じた。
『もしもし』
────
 ひとこと声を聞くだけで一気に胸が苦しくなって、息が詰まる。
『…………何の用ですか』
 無音の電話相手に間を持たせるためだけに発せられた言葉には、感情が全くこもっていない。
 その物言いにはもう、苛々した気持ちと嫌悪感しか感じられなかった。
 何も言わずにこのまま電話を切ってしまいたくなる。
 が、その一切を押さえ込んで、高耶は言った。
「礼だけ、言っておく」
『礼?』
「あの花の」
『ああ……』
 高耶の脳裏を、紅い色が占有する。 
 直江がバレンタインに送ってきたのは、真紅の花束だった。
 ところが本人はすっかり忘れていたようで、そんなことか、という様子だ。
『いい香りが、したでしょう?』
 確かに、明らかに女性をターゲットとしている華やかな花々は、優雅な中にもどこか隠微なものを含んだ、不思議な香りがした。
『あの香りを嗅ぐと、いやらしい気持ちになるらしいですよ』
「ッ………!」
 怒りのあまり、とっさには言葉が出なかった。
『あなたが俺を想って、いやらしい気持ちになるように』
 あくまでも無感情なその口調は、人を馬鹿にしているとしか思えない。
「ふざけ……っ!」
───冗談です』
「…………直江……ッ!」
『有難いと思わないものに礼など言う必要はないんですよ』
 さっさと捨ててしまいなさい、と投げ遣りに言う直江に、高耶もう呆れるしかなかった。
「じゃあ───何で贈ったりしたんだ」
『意味なんてありません。だた……』
 直江は笑っているような声になった。
『世界中の誰よりも、あなたに似合うと思ったから』
 電話の向こうの自嘲の笑みが見えるようだった。
『他の人間の手に渡るくらいなら、あなたの方が相応しいと思った。それだけです』
 再び無感情に戻った直江は、
『もう切ります』
「なお──
 呼びかける高耶を無視して、電話は切れた。


 ベッドに腰掛けて、高耶はため息をついていた。
 部屋の隅には一厘だけ、紅い花が残っている。
 つぼみだったものが、後になって開いたのだ。
 直江の言うとおり、高耶も一度は捨てようかとも思ったけど美弥に怒られて出来なかった。
(どこがオレに似合うんだろう)
 直江の言うことは、いつも突拍子もなくて困る。
 だけど、だからこそ直江にしか言えない。
 濃すぎるくらいの紅い色に触れてみたくて寄ろうとすると、独特の香りが漂ってきた。
───冗談です
 直江はそう言っていたけれど。
───俺を想って……
「………っ」
 高耶は怖くなって、それ以上近付くことができなかった。
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