いつも通り、啓ちゃんと登くんに呼び出されて、武志と雄治と俺といういつものメンバーでいつものコンビニ。
別に、特別楽しいことがある訳でもない。夏休み中の流れのまま、なんとなく集まっているだけ。
けど、家にいたって、あのクズみたいな男と、母親と、産まれたばかりの弟が一緒にいるのを眺めているだけなのだ。
この仲間たちと一緒にいれば、少なくとも疎外感は感じない。
「そういや聞いた?健二の話」
「聞いた聞いた。まじイタいんだけど」
周囲を遠巻きに通っていく大人たちのよそよそしい視線に、優越感を感じることだって出来る。うちらは、彼らとは違う人間なのだ。周囲に迎合し、媚び諂いながら生きたりはしない。好きなことを、好きなようにやる。気にいらないことは、気にいらないとちゃんと言う。
(………?)
なのに、この胸に広がる自己嫌悪に似た感情は何なのだろう。
「───で、ありえねーくらいのどや顔されちゃってさあ」
「ギャハハハハ!見たかったわー!」
ぼけーっとしながら皆の話をなんとなく聞き流していたから、すぐそばに人が寄ってきたことにも全然気づかなかった。
「おい」
俺のすぐ後ろから、男の声がした。
「……んぁ?何だよ」
啓ちゃんが不機嫌な顔で、返事をする。
「それ、拾っとけよ」
振り返ると、たぶん高校生くらいの、見るからに気の強そうなヤツが立っていた。
顎で、うちらが捨てた吸殻を示している。
手は、ジーンズのポケットに入れられたままだ。
その態度に、全員がカチンと来た。
「……気になんなら、おめぇが拾えよ」
地面に座り込んでいた登くんが立ち上がる。
あーあ、と思った。
啓ちゃんのほうが見た目は派手だけど、実は登くんのほうがキレやすい。
そして一度キレてしまうと、手がつけられなくなってしまう。
「歳が上だからって、勝てると思うなよ」
登くんが、ソイツの胸倉を掴みにかかる。
ソイツのほうが背も高かったし、体格もよかったけれど、みんな登くんの強さを知ってるから、ニヤニヤしながら眺めていた。
ところが、
「な、何すんだよ」
突然現れたスーツの男が、掴みかかっている登くんの腕を横から掴んだ。
「離しなさい」
「────ッ!」
それは、聞いた誰もがぞっとするような声色だった。
そして俺は、得体の知れない恐怖を感じていた。
男の冷たい表情にも、男に庇われることがまるで当然だというようなソイツの態度にも。
こいつらは、うちらには理解できない世界に生きている人間なのだろうと思った。
それを察したのか、登くんも慌てて手を離す。
ソイツは、やっぱりポケットに手を入れたまま、
「もう、充分楽しんだろ。いい時間だ。早くママんとこに帰んな」
そう言った。
すると啓ちゃんが、自嘲の笑みを浮かべて言う。
「ママなんて、顔も見たことねーよ」
そうなのだ。啓ちゃんとこの母親は、啓ちゃんを産んですぐに蒸発してしまい、父親も数年前から家に寄り付かなくなっているせいで、バアちゃんとのふたり暮らしなのだ。
「ここにいる奴らはみんな、家なんてあって無いようなもんなんだよ」
みんな、それを聞いて頷きこそしないけれど。俺たちは家庭環境の悪い子供という、一種の連帯感を味わうために、毎晩のようにここに集まっているのだ。
「じゃあ、お前らの家はどこだよ。ココか?こんな雨風も凌げない、ゴミだらけのココが、お前らにとっては唯一心安らげる場所だっていうのか。そんなんでいいのかよ」
言葉に詰まる啓ちゃんを見て、ソイツは少しだけ語調を和らげた。
「くだらない大人になんて、なりたくないだろう」
睨みつけている登くん、下を向く武志、居心地悪そうにしている雄治、俺、と視線をゆっくりと移していく。
「だったら、他人に煙たがられるような人間にはなるな」
その言葉を聞いて、
(ああ、そうか)
俺はやっと納得がいった。
いつも感じていた奇妙な自己嫌悪。あれは自分が、うちらの親と同じように周りに無頓着な人間になってしまったような気がして、嫌だったんだ。
俺は、そうはなりなくない。いつか息子が出来たら、ちゃんとそいつの気持ちをわかってやれる人間になりたい。
そう考えると、少年の言うことはもっともだという気になってきた。
さっき俺が捨てたコーヒー牛乳の紙パックが足元に転がっているのが眼に入って、思わず拾い上げる。
登くんが、非難するような眼で俺を睨んできた。
「俺は、ウチの親みたいにはぜってーならない」
俺が断言するように言うと、
「根性あんじゃん」
ソイツがちょっとだけ、笑顔で言った。
やがて啓ちゃんが自分の前に落ちていた煙草の吸殻を拾い出したから、みんな仕方なくといった感じでそれぞれゴミを拾うと、
「行こうぜ」
手にしたものをゴミ箱へ捨てて、歩き出す。
コンビニの敷地を出る前にもう一度ソイツの方を振り返ると、彼はまだ、じっとこちらを見つめていた。
「あそこに行こうぜ」
昇くんの提案で、近所の公園へ行くことにしたけど、この雰囲気じゃきっとすぐに解散になるだろう。
(明日からはもう、夜出歩くのはやめようかな)
俺がなんとなくそんな風に考えていると、
「思い出した」
先頭を歩いていた啓ちゃんが、ふと声をあげた。
「あれ、仰木高耶だ!」
「オウギって深志の?」
「そう!三井さんと話してるの見たことあるわ!」
「うがッ!三井さんってあの三井さん!?」
興奮し始める仲間たちを、俺は後ろから眺めていた。
それが、何だと言うのだろう。
あの彼は、……仰木というらしいが、彼は自分たちのような狭い世界では生きていなかった。
もっと広くて大きい、何かを見つめている眼をしていた。
(いつか、俺も)
空を見上げて、そこに散らばる微かな光に向かって誓う。
いつかきっとここから出て、もっともっと広い世界を歩いてみせる、と。
別に、特別楽しいことがある訳でもない。夏休み中の流れのまま、なんとなく集まっているだけ。
けど、家にいたって、あのクズみたいな男と、母親と、産まれたばかりの弟が一緒にいるのを眺めているだけなのだ。
この仲間たちと一緒にいれば、少なくとも疎外感は感じない。
「そういや聞いた?健二の話」
「聞いた聞いた。まじイタいんだけど」
周囲を遠巻きに通っていく大人たちのよそよそしい視線に、優越感を感じることだって出来る。うちらは、彼らとは違う人間なのだ。周囲に迎合し、媚び諂いながら生きたりはしない。好きなことを、好きなようにやる。気にいらないことは、気にいらないとちゃんと言う。
(………?)
なのに、この胸に広がる自己嫌悪に似た感情は何なのだろう。
「───で、ありえねーくらいのどや顔されちゃってさあ」
「ギャハハハハ!見たかったわー!」
ぼけーっとしながら皆の話をなんとなく聞き流していたから、すぐそばに人が寄ってきたことにも全然気づかなかった。
「おい」
俺のすぐ後ろから、男の声がした。
「……んぁ?何だよ」
啓ちゃんが不機嫌な顔で、返事をする。
「それ、拾っとけよ」
振り返ると、たぶん高校生くらいの、見るからに気の強そうなヤツが立っていた。
顎で、うちらが捨てた吸殻を示している。
手は、ジーンズのポケットに入れられたままだ。
その態度に、全員がカチンと来た。
「……気になんなら、おめぇが拾えよ」
地面に座り込んでいた登くんが立ち上がる。
あーあ、と思った。
啓ちゃんのほうが見た目は派手だけど、実は登くんのほうがキレやすい。
そして一度キレてしまうと、手がつけられなくなってしまう。
「歳が上だからって、勝てると思うなよ」
登くんが、ソイツの胸倉を掴みにかかる。
ソイツのほうが背も高かったし、体格もよかったけれど、みんな登くんの強さを知ってるから、ニヤニヤしながら眺めていた。
ところが、
「な、何すんだよ」
突然現れたスーツの男が、掴みかかっている登くんの腕を横から掴んだ。
「離しなさい」
「────ッ!」
それは、聞いた誰もがぞっとするような声色だった。
そして俺は、得体の知れない恐怖を感じていた。
男の冷たい表情にも、男に庇われることがまるで当然だというようなソイツの態度にも。
こいつらは、うちらには理解できない世界に生きている人間なのだろうと思った。
それを察したのか、登くんも慌てて手を離す。
ソイツは、やっぱりポケットに手を入れたまま、
「もう、充分楽しんだろ。いい時間だ。早くママんとこに帰んな」
そう言った。
すると啓ちゃんが、自嘲の笑みを浮かべて言う。
「ママなんて、顔も見たことねーよ」
そうなのだ。啓ちゃんとこの母親は、啓ちゃんを産んですぐに蒸発してしまい、父親も数年前から家に寄り付かなくなっているせいで、バアちゃんとのふたり暮らしなのだ。
「ここにいる奴らはみんな、家なんてあって無いようなもんなんだよ」
みんな、それを聞いて頷きこそしないけれど。俺たちは家庭環境の悪い子供という、一種の連帯感を味わうために、毎晩のようにここに集まっているのだ。
「じゃあ、お前らの家はどこだよ。ココか?こんな雨風も凌げない、ゴミだらけのココが、お前らにとっては唯一心安らげる場所だっていうのか。そんなんでいいのかよ」
言葉に詰まる啓ちゃんを見て、ソイツは少しだけ語調を和らげた。
「くだらない大人になんて、なりたくないだろう」
睨みつけている登くん、下を向く武志、居心地悪そうにしている雄治、俺、と視線をゆっくりと移していく。
「だったら、他人に煙たがられるような人間にはなるな」
その言葉を聞いて、
(ああ、そうか)
俺はやっと納得がいった。
いつも感じていた奇妙な自己嫌悪。あれは自分が、うちらの親と同じように周りに無頓着な人間になってしまったような気がして、嫌だったんだ。
俺は、そうはなりなくない。いつか息子が出来たら、ちゃんとそいつの気持ちをわかってやれる人間になりたい。
そう考えると、少年の言うことはもっともだという気になってきた。
さっき俺が捨てたコーヒー牛乳の紙パックが足元に転がっているのが眼に入って、思わず拾い上げる。
登くんが、非難するような眼で俺を睨んできた。
「俺は、ウチの親みたいにはぜってーならない」
俺が断言するように言うと、
「根性あんじゃん」
ソイツがちょっとだけ、笑顔で言った。
やがて啓ちゃんが自分の前に落ちていた煙草の吸殻を拾い出したから、みんな仕方なくといった感じでそれぞれゴミを拾うと、
「行こうぜ」
手にしたものをゴミ箱へ捨てて、歩き出す。
コンビニの敷地を出る前にもう一度ソイツの方を振り返ると、彼はまだ、じっとこちらを見つめていた。
「あそこに行こうぜ」
昇くんの提案で、近所の公園へ行くことにしたけど、この雰囲気じゃきっとすぐに解散になるだろう。
(明日からはもう、夜出歩くのはやめようかな)
俺がなんとなくそんな風に考えていると、
「思い出した」
先頭を歩いていた啓ちゃんが、ふと声をあげた。
「あれ、仰木高耶だ!」
「オウギって深志の?」
「そう!三井さんと話してるの見たことあるわ!」
「うがッ!三井さんってあの三井さん!?」
興奮し始める仲間たちを、俺は後ろから眺めていた。
それが、何だと言うのだろう。
あの彼は、……仰木というらしいが、彼は自分たちのような狭い世界では生きていなかった。
もっと広くて大きい、何かを見つめている眼をしていた。
(いつか、俺も)
空を見上げて、そこに散らばる微かな光に向かって誓う。
いつかきっとここから出て、もっともっと広い世界を歩いてみせる、と。
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