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 掲示板の前は、かつてないほどの人で溢れていた。大盛況だ。
 そんな人だかりを、卯太郎はニコニコ顔で眺めている。
「ったく、人の生活覗いて何が楽しいんだか」
「皆、仰木隊長のことを少しでも知っちょきたいがです!」
「………そうなのか?」
 卯太郎の横に立った高耶が呆れ顔で掲示板を見つめていると、見物人の輪の中からよく見知った男たちが続々と現れた。
 潮に、中川に、兵頭に………。
「橘……。おまえもか」
「気になったもので」
 そう答えた黒いミリタリーウェアの男に、
「どうでした!?」
 卯太郎は期待に満ちた眼差しで感想を求めた。
「……よく書けてるな」
「ありがとうございます……!」
 小動物を見るような橘の視線を浴びながら、卯太郎がぺこりと頭を下げていると、
「で、夜はどこ行ってたんだよ」
 潮が、高耶に向かって言った。
「は?」
「そうですよ。嘉田さんの部屋でシャワーを浴びた後、どこを探してもいなかったって書いちょりましたよ」
 中川も、何故か半分ニヤけた顔で高耶に聞く。
「……卯太郎。そんなこと書いたのか」
「はい!わしも仰木さんに、どこにいっちょったがか、聞きたかったがです!」
「やはり……何か秘密の特訓を……?」
 兵頭の言葉に、
「……まあな」
 高耶が苦々しくうなずくと、
「おまえってば……!くーぅ、どこまでもストイックなやつ!」
 潮は呆れた声を出した。
「く……っ!負けてはいられん……!」
 兵頭は、青ざめた顔で踵を返す。
 その後ろ姿を目で追っていた橘は、どこか余裕の表情で言った。
「秘密の特訓ですか」
 高耶が一瞬、言葉を詰まらせる。
「………そうだよ」
「大変ですねえ、隊長ともなると」
───うるせえっ!」
 さすが、とても真似できませんねえ、と頷きながら去っていく橘を恨めしげに睨み付けながら、
「いつかぜってぇコロす……!!」
 高耶は拳を握り締めた。
 そんな高耶の震える拳を、卯太郎と潮は不思議な顔で、中川だけは意味ありげな顔で見つめていた。
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「秋と言えば?」
 高耶は卯太郎に聞き返した。
「何で、そんなこと」
「わし、来週の掲示板係なんですき!」
「掲示板………ああ、学級新聞……」
「はい?」
「いや……あの、妙に人気のある、アレな」
 アジトの食堂前の廊下にある掲示板には、いつからか週替わりで手作り新聞が貼られるようになっていた。隊士たちが持ち回りで当番をするのだが、その番がとうとう卯太郎にも回ってきたらしい。
「皆おもしろいことばかり書くき、わしは何を書いていいやら……」
「……お前じゃなきゃ、書けないようなことを書けよ」
 高耶の見守るような優しい視線に、
「はい!」
 卯太郎は元気よく答えた。
(わしにしか書けんもん……)
 その後もしばらく悩んだ卯太郎は、ほどなくして、
『仰木隊長の一日大公開!!』
 高耶への密着記事を全面に載せた新聞を完成させた。




「鍛錬」
 兵頭の答えは簡潔だった。
「なるほど……」
 スポーツの秋ということだろうか。
「全ては、仰木高耶に負けぬ為やき」
 先程から空を切っている手足の動きはまさに電光石火で、殺人拳と恐れられるのがとてもよくわかる。
 兵頭が手や足を振りおろすたび、結構な距離を置いて立つ卯太郎の所にまで風圧がかかって、圧倒される思いがした。
「……仰木高耶も、身体を鍛えたりしちゅうがか」
「そういえば、見たことないです」
「体調管理は?やはり気を遣っちゅうが?」
「いえ、特には……」
 兵頭は鍛錬を止めぬまま、次々と高耶に関する質問を投げかけてくる。
 そのうちに、
(あれ……兵頭さんの頬が……赤く染まっちゅう……?)
 いやいや、まさか。
 激しい運動をしているのだ。そのせいだろう。
 ・好きな食べ物は?
 ・朝起きて、まず何をする?
 ・"しゃんぷー"の銘柄は?
 ・眠るときはどんな服を?
 ・寝相は?仰向けか、横向きか?
「……し……下着はどんな色が多い……?」
「青系の、爽やかなもんが好きちゅうてました!」
 卯太郎がそう言った途端、
────兵頭さんっ!?」
 激しい鍛錬をし過ぎたせいか、兵頭の鼻の穴から血が噴き出した。




「読書の秋、ですかねえ」
 中川は卯太郎に、秘密ですよと言いながら、医務室の隅に積まれた段ボール箱を開けて見せてくれた。
 中には様々な本が、ぎっしりと詰まっている。
「"いんたーねっと"ちゅうもんはまっこと便利やき♪」
 ほくほく顔ではしゃぎながら、中川は本を眺めている。
 卯太郎も真似して、中を覗き込んだ。
 その殆どが医学的な専門書のようだったが、一部には呪術や修法に関する書籍も見受けられる。
 その中で、一風変わった毛色の表紙を、卯太郎は見つけてしまった。
「しゅ……??」
 タイトルは「衆道~戦国主従の男色事情~」。
 卯太郎がその本を手に取ろうとすると、中川はその手をバシッとはたいた。
「痛っ!」
 悲鳴をあげる卯太郎に、
「これは───その、ほんとのところはどうなっちゅうがと思って」
 どこか不自然な笑みを浮かべて、中川は卯太郎に言った。
「ほんとのところ?」
 はたかれた手を擦りながら聞き返す。
「……この本のことは、誰にも言うてはいけんですよ」
───はい」
 小さな声で返事をしながら、笑っていない瞳が妙に怖いと思う卯太郎だった。




「秋と言えば、食欲の秋だろ」
 潮は、アジトの裏庭で勝手に焚火をして焼いた焼き芋を一本、卯太郎へと差し出した。
「食うか?」
「はい!」
「お前はいっぱい食べねーと、おっきくなれねーからな」
 卯太郎が手にした焼き芋を冷ますためにふーふーと息を吹きかけていると、
「そういや俺さ……」
 潮は淋しげな声を出して、
「こないだ仰木に、太ったって言われたんだよなあ……」
「はぁ」
「………残り、全部やるよ」
「ええ!こがいにたくさん……!」
 無邪気に喜ぶ卯太郎を尻目に、潮は頬杖でため息を吐いた。



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