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「ちょっとお!何でこんなとこ選んだのよう!」
 着くなり、綾子は文句を言ってきた。
 待ち合わせたのは、とあるファミリーレストランの禁煙席だ。
「何でって、いっつもここじゃねーか」
 千秋が半眼で答える。
 と、高耶が何か変な物でも見るように、綾子の腹を見た。
「ねーさん……。いま腹鳴らなかった?」
「私ね、今日からダイエット突入なのよう!うう、おいしそう……」
 綾子は高耶の前に置かれたオムライスを恨めしそうに眺める。
 その横から千秋が、
「食事制限だけじゃ痩せねーぜ」
「わかってる。私、筋力はそこらへんの男よりあるつもりよ。ただその燃費を軽く超えるカロリー量を摂取しちゃうから……」
 綾子の大食いっぷりは、どんなに時代を経ても変わらない。
 魂の底からの大食らいなのだ。
「単に胃拡張なだけだろ」
「美食家って言えっていつも言ってるでしょ!」
 そう言いながら綾子はメニューを開くと、フンフン、豚フェアーねえ、と品定めを始めた。
 ダイエットは、明日からになったらしい。
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「いいなあ、おまえは」
 何かの報告だとかいって電話をかけてきた直江に、高耶はそう言った。
『何の話です』
「遊び歩いてて、親に文句言われねえ?」
『遊んでるわけではないですが………。まあ、文句は散々言われてますよ」
「ってことは暗示、使ってないんだ」
『ええ』
 こだわりがあるらしい。
 自分も、絶対に使いたくない。
 だけど……不安は募るばかりだ。
『何かあったんですか?』
 高耶は直江に、一連の事情を話してみた。すると、
『まだあと一年以上もあるでしょう』
 直江は何でもないことのように言った。
『ゆっくり、準備をしていけばいいんですよ』
「……そうかな」
『ええ。あなたの希望に沿えるよう、私も協力しますから』
 直江の言葉には、常套文句とか、高耶をこの場だけ納得させるためとか、そういった嘘の響きはなかった。高耶はそういったウソには鼻が利くからよくわかる。直江は本気でそう思っている。
 だってそうだ。
 今まで高耶が付き合ってきた大人たちとは違う。彼らは……例えば教師や、同級生の親なんかは、一時だけの付き合いであることが大前提だった。
 でも直江と高耶は、下手したら一生、付き合っていくことになる。高耶の進路問題は、直江の今後の問題でもあるのだ。
 一年後の予想はまったくつかなかったけど、直江が変わらず一緒にいることだけは確かだった。だったら直江の言うとおり、一緒に少しずつ考えていけばいい。
 高耶は、進路のことは頭の隅へと押しやって、しばらく寝かせておくことにきめた。




「就職なんてできるわけねーだろ」
 千秋は眼鏡の奥から呆れた視線を送って寄こした。
「何で」
「まともなとこで働いちまったら、調伏旅行なんて出来なくなるだろうが」
 確かに、言われてみればそうだ。
「ねーさんは卒業したらどうするつもりなんだ?」
「親には就職したって暗示かけて、家でんだろ」
「ふうん……」
「お前も家は出ろよ」
「……無理だ。美弥をひとりにはできない」
「親父さんがいんだろーが。不規則な生活につき合わせるほうが、カワイそうだぜ?」
「……………」
 千秋にしてはまともな意見だったから、高耶は黙るしかなかった。




「仰木ぃ、お前どうすんの」
「何が」
「進路だよ、進路」
 矢崎が身を乗り出して聞いてきた。
「夏休み明けに聞かれるらしいぜ、どうすんのか」
「へぇ……」
「俺、東京いこっかなあ」
「は?店は?」
「うーん……ちょっと、な」
 言葉を濁してから、矢崎は譲に話を振った。
「成田は地元だろ」
 松本には有名な歯科大学があるのだ。
「まだわかんないよー」
 譲が首を傾げながら答える。
「でも東京とか関西の学校も、一通り調べてあるよ」
「ああ……関西でもいいかなあ」
 矢崎はどうしても家を出るつもりでいるらしい。
 高耶だって卒業したら、松本なんかには居たくない。
 就職するなら、都会がいいと思う。
 けど、美弥をひとりにするわけにもいかないし……。
「あ、今日信州食堂サービスデーじゃねえ?」
 考え込んでいたはずの矢崎が、なんの脈絡もなく言った。
「ほんとだ。火曜だ。寄ってく?」
 すぐに話題をそちらへ移してしまったふたりをみながら、今度は高耶が考え込む番だった。




「美弥さんは幸せですね。いいお兄さんを持って」
「………どうかな」
 高耶の胸の内に、罪悪感の霧が充満する。
「そう思ってもらえるよう、努力するしかないよな」
 小さく呟いた。
 それを聞いた直江は、
「私のコレは義務だと思ってやっていますけど」
と、自らの恰好を示す。
「あなたが美弥さんにしていることは義務からじゃない。愛情でしょう?」
 直江の低く響く声が、周囲の森に溶け込んでいく。
「そこが、あなたの、あなたたる所以なんですよ」
───……」
 高耶は戸惑いながら答えた。
「オレのこと、よく知らないくせに」
 まだ出会って二ヶ月やそこらなのだ、自分と直江は。
 知った風に、語られたくない。
 そう思うのに、心の片側ではまるで遠い昔からの知り合いのような気がしていた。
 いや実際、そうなのだが。
「知っていますよ」
 直江は高耶の方を見ながら言った。
「よく、知っています」
 ………そうかもしれなかった。
 自分がこの男のことを誰よりも知っているような気がするのと同じで、この男も自分を誰よりも知っているのかもしれない。
 満天の星の下、高耶は頬に男の視線を感じながら、そう考えていた。



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