橘が、ここ数日学校を休んでいる。
一年前の同じ時期、同じように休んだことがあった。
だから気になってしまって、奥村は橘家へとお見舞いにやってきたのだった。
玄関先で、橘の母親が笑顔で出迎えてくれる。
彼がいるという母屋内の仏堂に案内されている最中、
ガシャーーン
行く手の方から何かが割れる大きな音が聞こえてきた。
「義明っ!?」
顔色を変えた母親は慌てて駆け出すと、急いで襖を開ける。
奥村もその後に続いた。
「………大丈夫です」
部屋の中から、橘の冷静な声が聞こえてきた。
奥村が覗き込むと、床の間で花瓶が粉々に砕けて散っている。
壁にでも投げつけたのだろうか?
しかし橘が現在いる位置からは離れすぎているし、趺坐も崩してはいなかった。
「後で片付けておきます」
「そんなことはいいんです。怪我はないのですか」
「ええ、ありません。……すみませんが、奥村とふたりにしてもらえますか?」
「……わかりました」
母親が去って行って、趺坐を解いた橘は奥村に向き直った。
「何かあったのか」
「それはこっちのセリフだ」
奥村も、橘の正面に胡坐をかく。
「お前、去年もこのくらいの頃に休んだだろう?何か、あるのか」
「───昔、ちょうど今の季節の頃に、あるひとと別れたんだ」
昔?どのくらい昔?あるひととは、女なのだろうか?
「だからこの時期は駄目なんだ」
疲れきったような顔で、両瞼を片掌で覆った。
「どうしても、駄目なんだ」
「橘……」
結局奥村は、何もしてやることが出来ずに橘家を後にした。
時折覗かせるあの苦悩の表情が、橘の真実の素顔なのだろうか。
だとしたら……。
奥村は、自分の心まで重くなってくる感覚に囚われた。
一年前の同じ時期、同じように休んだことがあった。
だから気になってしまって、奥村は橘家へとお見舞いにやってきたのだった。
玄関先で、橘の母親が笑顔で出迎えてくれる。
彼がいるという母屋内の仏堂に案内されている最中、
ガシャーーン
行く手の方から何かが割れる大きな音が聞こえてきた。
「義明っ!?」
顔色を変えた母親は慌てて駆け出すと、急いで襖を開ける。
奥村もその後に続いた。
「………大丈夫です」
部屋の中から、橘の冷静な声が聞こえてきた。
奥村が覗き込むと、床の間で花瓶が粉々に砕けて散っている。
壁にでも投げつけたのだろうか?
しかし橘が現在いる位置からは離れすぎているし、趺坐も崩してはいなかった。
「後で片付けておきます」
「そんなことはいいんです。怪我はないのですか」
「ええ、ありません。……すみませんが、奥村とふたりにしてもらえますか?」
「……わかりました」
母親が去って行って、趺坐を解いた橘は奥村に向き直った。
「何かあったのか」
「それはこっちのセリフだ」
奥村も、橘の正面に胡坐をかく。
「お前、去年もこのくらいの頃に休んだだろう?何か、あるのか」
「───昔、ちょうど今の季節の頃に、あるひとと別れたんだ」
昔?どのくらい昔?あるひととは、女なのだろうか?
「だからこの時期は駄目なんだ」
疲れきったような顔で、両瞼を片掌で覆った。
「どうしても、駄目なんだ」
「橘……」
結局奥村は、何もしてやることが出来ずに橘家を後にした。
時折覗かせるあの苦悩の表情が、橘の真実の素顔なのだろうか。
だとしたら……。
奥村は、自分の心まで重くなってくる感覚に囚われた。
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オムライスをきれいに平らげた高耶が、その皿を洗っていると、
「高耶さん」
直江が背後から纏わりついてくる。
「ご褒美をくれるのなら、もっと違うものがいいんですけど」
「んー…?ほねっこ、買ってあったかな」
「……犬じゃないんですから」
一瞬、眉を引き攣らせた直江だったが、すぐに気を取り直して、
「ヒト科の成人男子が欲しがるもの。わかるでしょう」
再び猫なで声を出してくる。
「……おまえのは普通、成人男子は欲しがらねーよ」
「欲しがりますよ。誰もが欲しがってる」
直江は高耶の髪に頬をこすりつけた。
「それを貰える私は幸せ者ですねぇ」
「まだやるって言ってないけど?」
「またまた」
圧し掛かってくる直江を押し遣りながら、高耶の頭の中には"ナオエ科"という言葉が浮かんでいた。
「高耶さん」
直江が背後から纏わりついてくる。
「ご褒美をくれるのなら、もっと違うものがいいんですけど」
「んー…?ほねっこ、買ってあったかな」
「……犬じゃないんですから」
一瞬、眉を引き攣らせた直江だったが、すぐに気を取り直して、
「ヒト科の成人男子が欲しがるもの。わかるでしょう」
再び猫なで声を出してくる。
「……おまえのは普通、成人男子は欲しがらねーよ」
「欲しがりますよ。誰もが欲しがってる」
直江は高耶の髪に頬をこすりつけた。
「それを貰える私は幸せ者ですねぇ」
「まだやるって言ってないけど?」
「またまた」
圧し掛かってくる直江を押し遣りながら、高耶の頭の中には"ナオエ科"という言葉が浮かんでいた。
「うまい」
やっと服を着た高耶は、直江の作ったオムライスをひとくち食べて、そう言った。
「でしょう」
なんせ出来合いのパスタソースを利用したオリジナルのソースまでかけてやったのだ。
「ご褒美」
高耶はスプーンでひとくち分をすくうと、直江に差し出してきた。
「……ありがとうございます」
自分で作ったんだけども、と思いつつ、ありがたく頂くことにする。
「レストランでもやるか。オレとおまえで厨房入って、ねーさんと千秋に接客させて」
「夜叉衆レストランですか。何だか招かざる客が多そうですね……」
特に高坂あたり、いの一番に顔を出しそうだ。
「闇戦国関係者お断りって看板、出しとこうな」
高耶は既に怒ったような顔になって、そう言った。
やっと服を着た高耶は、直江の作ったオムライスをひとくち食べて、そう言った。
「でしょう」
なんせ出来合いのパスタソースを利用したオリジナルのソースまでかけてやったのだ。
「ご褒美」
高耶はスプーンでひとくち分をすくうと、直江に差し出してきた。
「……ありがとうございます」
自分で作ったんだけども、と思いつつ、ありがたく頂くことにする。
「レストランでもやるか。オレとおまえで厨房入って、ねーさんと千秋に接客させて」
「夜叉衆レストランですか。何だか招かざる客が多そうですね……」
特に高坂あたり、いの一番に顔を出しそうだ。
「闇戦国関係者お断りって看板、出しとこうな」
高耶は既に怒ったような顔になって、そう言った。
(腹へったな……)
ベッドに仰向けになって寝転んでいた高耶がぼんやりそう思っていると、
「お腹空きました?」
直江がそう言って、高耶の隣に腰掛けてきた。
シャワーを浴びてきたばかりで髪が濡れている。
「ん」
「じゃあ服を着てください。どこかに食べに行きましょう」
実は高耶も一緒に風呂から出たばかりで、まだ服を着ていなかった。
起き上がりつつも面倒くさいなあ、と顔をしかめたところで、名案が思いつく。
「なあ、おまえのつくったもんが食べたい」
「ええ?」
高耶が仕込んだかいがあって、直江の料理の腕前は随分と上達していた。
(それでもまだまだ、甘いけどな)
「オムライスが食いてーな」
「材料、あります?」
「卵もあるし、ピラフが冷凍庫に入ってる」
「……わかりました」
仕方ないですね、と直江は立ち上がった。
「卵は半熟な」
「はいはい」
「"はい"は一回!」
直江が部屋を出て行って、高耶はふたたび仰向けに寝転んだ。
料理が出来るまでひと眠りしよう。そう決めて、瞳を閉じる。
あまりに気分が良くて、高耶の顔には自然と笑顔が浮かんでいた。
ベッドに仰向けになって寝転んでいた高耶がぼんやりそう思っていると、
「お腹空きました?」
直江がそう言って、高耶の隣に腰掛けてきた。
シャワーを浴びてきたばかりで髪が濡れている。
「ん」
「じゃあ服を着てください。どこかに食べに行きましょう」
実は高耶も一緒に風呂から出たばかりで、まだ服を着ていなかった。
起き上がりつつも面倒くさいなあ、と顔をしかめたところで、名案が思いつく。
「なあ、おまえのつくったもんが食べたい」
「ええ?」
高耶が仕込んだかいがあって、直江の料理の腕前は随分と上達していた。
(それでもまだまだ、甘いけどな)
「オムライスが食いてーな」
「材料、あります?」
「卵もあるし、ピラフが冷凍庫に入ってる」
「……わかりました」
仕方ないですね、と直江は立ち上がった。
「卵は半熟な」
「はいはい」
「"はい"は一回!」
直江が部屋を出て行って、高耶はふたたび仰向けに寝転んだ。
料理が出来るまでひと眠りしよう。そう決めて、瞳を閉じる。
あまりに気分が良くて、高耶の顔には自然と笑顔が浮かんでいた。
「お盆休み、どこ行ったんですか」
橘さんに何気なく聞いてみたら、恨めしげな顔をされてしまった。
「いつも通り、実家に帰ってました」
「あああ、そうでした~」
橘さん、そして社長のご実家が、お寺だったことをすっかり忘れていた。
社交辞令で私もどこかへ行ったのかと聞かれ、
「またいつもの友人と旅行に……。でも久々にパスポート使っちゃいました」
おお、と橘さんは目を丸くしてくれる。
「珍しいですね。いつもは国内ばかりなのに」
「ええ、ちょっと豪勢に。ただ、向こうにいる間はいいんですけど、行き帰りが疲れますね~。近場の温泉の方がよっぽどゆっくりできます」
「まあ、たまにはいいじゃないですか」
「そうなんですけど。橘さんは?お盆に働いた分有給とって、どこか行ってくればいいじゃないですか」
「私は……いいんです。旅行は行っていないですが、代わりに……」
何かを思い出したのか、急に嬉しそうな顔になった。
「何ですか?いいことでもあったんですか?」
「ええ……。でも、話すのはやめておきます」
「えええ!教えてください~」
「内緒です」
よっぽどいいことがあったのか、その後しばらく、橘さんはにやにやしっぱなしだった。
橘さんに何気なく聞いてみたら、恨めしげな顔をされてしまった。
「いつも通り、実家に帰ってました」
「あああ、そうでした~」
橘さん、そして社長のご実家が、お寺だったことをすっかり忘れていた。
社交辞令で私もどこかへ行ったのかと聞かれ、
「またいつもの友人と旅行に……。でも久々にパスポート使っちゃいました」
おお、と橘さんは目を丸くしてくれる。
「珍しいですね。いつもは国内ばかりなのに」
「ええ、ちょっと豪勢に。ただ、向こうにいる間はいいんですけど、行き帰りが疲れますね~。近場の温泉の方がよっぽどゆっくりできます」
「まあ、たまにはいいじゃないですか」
「そうなんですけど。橘さんは?お盆に働いた分有給とって、どこか行ってくればいいじゃないですか」
「私は……いいんです。旅行は行っていないですが、代わりに……」
何かを思い出したのか、急に嬉しそうな顔になった。
「何ですか?いいことでもあったんですか?」
「ええ……。でも、話すのはやめておきます」
「えええ!教えてください~」
「内緒です」
よっぽどいいことがあったのか、その後しばらく、橘さんはにやにやしっぱなしだった。
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