忍者ブログ


×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。





「何か欲しいものはありますか?」
そう訊かれて、すぐには答えられなかった。
欲しいものは山のようにある。
あげればキリがないほど。
今更ながら、自分の強欲さを思い知っているところだ。
けれど、一番欲しいものは?
本当に、望むものは……?
男の顔を見上げると、不変の光を湛えた双眸にぶつかった。
もう既に手にしているのかもしれない───
そう言うと、男は静かに微笑んだ。
PR




「っ痛………」
ソーダ味のアイスバーを食べていた高耶は、呻き声をあげた。
頭がキィーンとする、例のやつだ。
隣で譲が楽しげに声をあげる。
「がっつきすぎー」
「るせーっ」
譲もやはりグレープフルーツ味のアイスバーにかぶりついている。
授業終了後、駅まで出て散々歩き回ったふたりは、
今年最初のアイスを手に帰途に着いたところだ。
「そーいえば、結局行く事になったよ、旅行」
夏休みの話だ。成田家は家族旅行が決定したらしい。
「そっか」
高耶の方は予定と言えばバイトばかりだ。
ただし、仙台まで連れ出されるような話があったからどうなるかわからない。
(仙台か……)
無意識に、どうしても考えがそちらの方向へ向いてしまう。
「高耶?」
察して譲が顔を覗き込んだ。
「……なんでもねーよ」
「そう?」
自分はいつも譲に心配をかけてばかりいる。
いい加減、卒業したいと笑みを浮かべた。
それを見て安心したのか、譲もにっこりと笑う。
「ひとくちくれんなら、見逃してやるよ」
「はぁ?意味わかんね──……っておいっ!
 それっ、全然ひとくちじゃねーし!!」
人のアイスを勝手にかじり、半分以下にしてしまった譲を、
高耶は本気で怒って追いかけた。
遠くでカラスが鳴いている。
いつもの調子でじゃれ合いながら家路を歩くふたりの後ろには、
見事な夕景がひろがっていた。




毎日じめじめと蒸し暑い。
橘不動産の明るい店舗内は空調が行き届いているはずだったが、
それでも事務の女性から物件の説明を受けている中年男性の額には汗が光っていた。
本来あまり汗はかかない体質の直江ですら、
シャツがじっとりと湿ってくる気がして気持ちが悪い。
手にしていた書類を机の上に戻して席を立つと、
大きな通りに面した全面ガラス張りのウィンドウ越しに外を覗き込んだ。
ブラインドがしてあっても、午後に入ったばかりの日差しはとても眩しい。
(彼は今頃、何をしているだろう)
あの、生意気ではねっかえりで過去の記憶をすっかり失ってしまった高校生は、
たぶん教室で何かの授業を受けているか、もしかしたらもうお昼休みかもしれない。
松本はきっと、ここほど暑くはないはずだ。
日常の、ふとした拍子に彼のことを思い出すと、そのまま何時間でも物思いに耽ってしまいそうになる。
直江は大きく息を吸って、無際限の妄想を頭から追い出した。
ブラインドの操作棒を手に取り、光が入るよう調節されていた隙間を完全に遮断する。
これで少しは店の中も涼しくなるだろう。
「あの、すいません。この物件のことなんですけど……」
暑さのせいか少し頬を赤くして、随分と遠慮がちに学生らしき女の子が声を掛けてきた。
「はい、何でしょう」
直江は営業スマイルを浮かべて彼女に向き直ると、脳内を仕事モードに切り替えた。




明滅する外灯の下、高耶は少し曲がったタバコに火を点けた。
蒸し暑い夜で、小さな公園はむせかえるような緑の匂いが充満している。
その生命力に溢れた匂いは、高耶の記憶の底から様々な過去を呼び起こした。
まだ本当に小さかった頃。
前の家の庭で母親が手入れしていた草花の鮮やかさや、
父親に連れられて遊びに行った広場の芝生の感触。
思い出したくもないが……。
昔は、独りで時間を潰すことなどなかったと思う。必ず誰かが一緒にいたはずだ。
だって過去に、これほど孤独だった記憶がない。

 モノの匂いは魂の記憶までをも呼び覚ます───。

足りない、と思った。
欲しい、と思った。
力?強さ?優しさ?ぬくもり?
いや、もっと別の何か……。
この孤独と郷愁感を分かち合える……存在……。
(やめろ。妄想なんて)
自分があまりにもバカバカし過ぎて、みじめになってくる。
記憶を追うのをやめて、タバコを口へと運んだ。
「───ッ」
小さく口を開いただけなのに、さっき出来たばかりの傷が痛んだ。
煙と血の味が口内に広がる。
タバコの不味さを傷のせいにして、火も消さずにそのまま握りつぶした。
皮膚の焼かれる感覚に顔をしかめる。
その熱い手も、殴られた頬も痛かったが、
それ以上に軋んで悲鳴を上げる心を空っぽにしようと、高耶は目をつむった。



next≪≪   
おまけIndex

 月別 一覧

        










 忍者ブログ [PR]