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 幾度となく宿体を換え、数えるのも面倒臭いほどの年月を生きてくると、
物事ひとつ考えるのにも様々な角度から捉えてしまう。
 何かを決断するときには、その中から最善のものを選ぼうとする。
 そういう時、その選択は自分自身の判断ではなく、
他者から与えられた使命や世の中の価値観によって選ばされているのではないか。
 そう錯覚することがある。
(そんなもん、クソ喰らえだ)
 達観も、安寧も、自分には必要ない。
 出来る限り挑戦的で、欲には正直でありたい。
 だから自分は、己の感情以外を判断基準に取り入れない。
 最善かどうかではなく、好きか嫌いか、だ。
 そこを突き詰めて考えれば、善悪はともかく、自分は自分自身でいる事ができる。
 仲間はそれを、過剰な自己演出だとか、成長がないだとか、
何を考えているのかわからないだとか言ったりもするが、それはそれである意味、
自分が"自分らしくあれていること"への正当な評価のようなものだと思っている。

「な、千秋?」
「んぁ?」
「だから、お前はどっちだって聞いてんだよ」
 とりとめのない思考を現実へ戻すと、目の前にはアイドルのグラビアページがふたつと、
興味深々でこちらを見てくる矢崎、高耶、譲の顔が並んでいた。
 休み時間の教室だ。いかにも高校生らしい話題。
 正直この手の話ほど意味と正解が無いことを経験上よく知っているが、
ここで冷めて一歩引いてしまうのは"自分らしくない"。
「……こっち?」
 かわいいと思う右側を指差すと、
「はぁ?んでだよぉ~」
「ほらぁ、ぜってーこっちだって」
「ええ~~、おかしいよ~~」
とそれぞれの反応が返ってきた。
 自分の好みは、高耶と一致したらしい。
「お前ら、OP星人って思われんのが嫌なだけだろ?かっこつけやがって」
「ちげーって。でかけりゃいいってもんじゃねーだろ」
「でも大は小を兼ねるっていうじゃないかー」
 確かに胸でいえば、左の娘のものはとても立派だ。
 矢崎と譲の攻撃に、高耶は反論しつつも助けを求めるように千秋を見てくる。
「俺は胸にはこだわらねーから、顔の好みで選んだけど」
 千秋がそう言うと、矢崎は顔の高さで掌をブンブンと横に振った。
「顔なんてどうせ見ねーって」
「いやいや、実際、手に収まるサイズのほうが楽だぜ」
「ラクってどーゆー意味だよ」
「だから、デカすぎると手が疲れる」
 あからさまなその言葉に、何故かおお~とどよめきが返ってきた。
「な、じゃあさ、ちょうどいいサイズってどれくらいよ?」
 矢崎が机の中から大量のグラビア雑誌を出してくる。
「んー、めんどくせーなー」
 とかいいつ、千秋のページを捲る表情は真剣そのものだ。
「俺はこんくらいが好きかな」
「ほうほう」
 いつの間にか他の男子達も、周囲に集まり始めていた。
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 戻ってきたホテルの部屋で、直江が何やら机に向かっている。
「手紙?」
 いつの間に買ったのか、観光地によくあるような、
お土産用の絵ハガキがその手にあった。
「家族ぐるみでお世話になってる方なんです。
旅先からの手紙をすごく喜んでくれる方で」
「へえ」
 直江は内ポケットから万年筆を取り出して、
スラスラと文面を綴り始めた。
 文面を見るのはどうかと思ったのだが、
直江の書く字があまりにも整っていたので、見入ってしまう。
「?」
───だと思いました。大切な人と旅をするのは、ほんとうにいいものですね。そういえば───
「なあ」
「はい?」
「大切な人って何だよ」
「気に入りませんか?」
「いや、そーじゃなくてだな」
「主人と書くわけにもいきませんしね」
「まあ、そーだな……」
 微妙な違和感を感じつつも、納得してしまう高耶だった。
 

 □ □ □


 文字は人をあらわす。
 高耶の字は、大雑把なように見えて意外と繊細だ。
 書く人間と同じ、素直じゃない字なのだ。
「見おわったら返せよ」
 直江の手には、千秋からの急な電話に高耶が慌てて書いたメモがある。
 これから行く先の住所が書かれている。
「何、笑ってんだよ」
「いえ。あなたらしい字だと思って」
「どーせ歪んでるとかって言いたいんだろ」
 そう言いながら、メモを取り返そうとボクサーのように手を繰り出す。
「そんなこと思ってませんよ」
 直江は取り返されぬよう、高耶の手が届かない高さまで手をあげた。 
「私は、好きですよ」
 高耶の顔を見つめながら言ったものだから、
思いのほか感情がこもってしまったようだ。
「……お前に好かれても何の徳にもなんねーよ」
 そう言いつつも、まんざらでもない顔だ。メモを取り返すのは止めたらしい。
 本当に素直ではない。
「そこが、いいんですけどね」
 呟くように言うと、なに?と聞き返された。
「いいえ。筆跡心理学って知ってますか」
「きいたこともねーな」
「筆跡から書いた人物の心理を分析するんです。やってみせましょうか」
「いーって」
「そうですねぇ、この文字を書いた人物が何を考えていたかというと………」
 胡散臭そうな顔している高耶の横で、
直江は軽く唸ってみせてから、もっともらしく言った。
「"お好み焼きが食べたい"」
 高耶は目をぱちくりさせた。
 実はホテルに戻ってきた際、向かいのお好み焼き屋から漂う匂いに
高耶が鼻をヒクつかせていたのを、ばっちり目撃していたのだ。
「当たってんじゃん」
「でしょう?」
 声をあげて笑う高耶に、直江も満足気に微笑み返した。




 昼を過ぎたあたりから空がどんよりと曇り、風も強くなってきた。
「台風、来てるらしーな」
 助手席の高耶が、パワーウィンドウのスイッチを押して少しだけ窓を開ける。
「ワクワクしてるでしょう」
 あまりにわかりやすいものだから、口元が笑ってしまった。
「してねーって。不謹慎だろ」
 車内に吹き込んでくる生暖かい風が、高耶の黒髪を存分に乱す。
 さらさらと音の聴こえてきそうな前髪の動きや、
普段はあまり目にすることのできない滑らかな額に、ついつい視線を奪われる。
「気圧の変化が自律神経に影響するという説もあるそうですから」
 右折するべく点灯させたウィンカーの音が、カチッカチッと車内に響いた。
「……どうせガキだよ」
 拗ねたように、高耶が白状したので、
「繊細なんですよ、きっと」
と、フォローしてみた。




「なあ、直江。"ヴィクトル・ユーゴー作「ああ無情」。
 原題は「レ・○○○○○」?"ってわかるか」
「ミゼラブル、ですよ」
「みぜらぶる……、と。んじゃあ、"ウイルス性の人獣共通感染症で、
 日本では予防法が定められている、別名恐水症とえば○○病?"」
「狂犬病……?」
「きょうけん……、ね。"「失うものは何もない」を英語で言うと?"」
「Nothing……to lose………」
「"この空は──、さて、何に似ている?"」
「………高耶さん。何が言いたいんですか」
「ん?ただのクロスワードだぜ?」




 直江はアジトで、報告書に眼を通していた。
 文字を前にすると、煙草の本数が増える。
 もう昔からの癖のようなものだ。
 と、手にしていた吸い掛けの煙草を、不意に取り上げられた。
「吸い過ぎだ」
 高耶は新たな書類をどさっと直江の目の前に積み上げると、
取り上げた煙草をふかしながら去っていった。



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