「隊長?」
ついさっきまで、バリバリと山積みの書類を片付けていた高耶が、気がつくと窓の外をぼんやりと眺めている。
「屋上に行く」
「はい?」
突如ダッシュで部屋を後にした高耶を追って、大急ぎで階段を駆け上がり、屋上へ出てみると。
「─────」
沈みかけた太陽が、空を真っ赤に染めていた。
その色は炎が燃え立つようで、胸に迫るものがある。
高耶の傍らに並んで立った直江の心の内で、いつかの光景が想い返された。
「昔、やはり日没をみて感動したことがありました」
まだあの日から、数年しか経っていないことが、、信じられない思いだった。
「まるで、あなたを想う気持ちのようだと」
あの時は、心の底からそう思ったのだ。
しかし、高耶からの返事はなかった。
その横顔は、眼の前の景色を必死に心に刻み込もうとしているように見える。
だから直江も、その赤い色を脳裏へと焼き付けた。
やがて、太陽が半分以上も山の後ろに隠れた頃になって、
「認識を改めろ」
くるりと踵を返して、高耶は屋上の扉へと歩き始めた。
おこがましいと怒られるのかと思ったら、
「おまえのは、こんなんじゃきかない」
真逆の答えが返ってきた。
「………景虎様」
背後で、扉の閉まる音がする。
続いて階段を駆け下りていく靴音がした。
すでに太陽は、完全に山向こうに隠れてしまっている。
直江も苦笑いで、暗さの増した屋上を後にした。
ついさっきまで、バリバリと山積みの書類を片付けていた高耶が、気がつくと窓の外をぼんやりと眺めている。
「屋上に行く」
「はい?」
突如ダッシュで部屋を後にした高耶を追って、大急ぎで階段を駆け上がり、屋上へ出てみると。
「─────」
沈みかけた太陽が、空を真っ赤に染めていた。
その色は炎が燃え立つようで、胸に迫るものがある。
高耶の傍らに並んで立った直江の心の内で、いつかの光景が想い返された。
「昔、やはり日没をみて感動したことがありました」
まだあの日から、数年しか経っていないことが、、信じられない思いだった。
「まるで、あなたを想う気持ちのようだと」
あの時は、心の底からそう思ったのだ。
しかし、高耶からの返事はなかった。
その横顔は、眼の前の景色を必死に心に刻み込もうとしているように見える。
だから直江も、その赤い色を脳裏へと焼き付けた。
やがて、太陽が半分以上も山の後ろに隠れた頃になって、
「認識を改めろ」
くるりと踵を返して、高耶は屋上の扉へと歩き始めた。
おこがましいと怒られるのかと思ったら、
「おまえのは、こんなんじゃきかない」
真逆の答えが返ってきた。
「………景虎様」
背後で、扉の閉まる音がする。
続いて階段を駆け下りていく靴音がした。
すでに太陽は、完全に山向こうに隠れてしまっている。
直江も苦笑いで、暗さの増した屋上を後にした。
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(午後二時……不開門……)
今日は時間が経つのが遅い。
頬杖をついた高耶がぼけーっとしていると、飛んできたチョークがスコーンとおでこに命中した。
「───っ痛」
「恋かね、仰木君」
チョークを投げた主は、休みの教師の代わりに再び教壇に立っている千秋だ。
「先程からため息ばかりだねぇ」
こんなにいきいきとしている千秋は見たことがない
「ちゃんと聞いてて貰わなきゃ困るなぁ。テストでるよぉ、ここはぁ」
「………はい」
小さな声で返事をすると、千秋は満足げに教壇へと戻っていった。
再び高耶も思考が戻っていく。
開崎は、江の島で会った時とは少し雰囲気が違っているように思えた。
雪の日の朝の、あの無音の世界に似ていると思った。
あの景色を見ていると、世界の終わりと始まりを目撃しているような気になってくる。
感動を覚える傍ら、真摯な気持ちにもなるのだ。
自分の存在や在り方を問われているような……。
「おうぎっ!」
掛け声とともに再び飛んできた雪と同じ色のチョークを、今度は手のひらで受け止めた。
今日は時間が経つのが遅い。
頬杖をついた高耶がぼけーっとしていると、飛んできたチョークがスコーンとおでこに命中した。
「───っ痛」
「恋かね、仰木君」
チョークを投げた主は、休みの教師の代わりに再び教壇に立っている千秋だ。
「先程からため息ばかりだねぇ」
こんなにいきいきとしている千秋は見たことがない
「ちゃんと聞いてて貰わなきゃ困るなぁ。テストでるよぉ、ここはぁ」
「………はい」
小さな声で返事をすると、千秋は満足げに教壇へと戻っていった。
再び高耶も思考が戻っていく。
開崎は、江の島で会った時とは少し雰囲気が違っているように思えた。
雪の日の朝の、あの無音の世界に似ていると思った。
あの景色を見ていると、世界の終わりと始まりを目撃しているような気になってくる。
感動を覚える傍ら、真摯な気持ちにもなるのだ。
自分の存在や在り方を問われているような……。
「おうぎっ!」
掛け声とともに再び飛んできた雪と同じ色のチョークを、今度は手のひらで受け止めた。
バイクが置き去りになってしまうことに若干抵抗を覚えつつ、高耶は言われるがまま、セフィーロへと乗り込んだ。
やや遅れて、高耶には事情を知る"義務"があるのだと言い切った男が運転席へと座る。
静かに発進した車内は、煙草の匂いがした。
何も言わずに手のひらを差し出すと、男は運転中にも関わらず疑問顔で高耶の顔を見つめた。
くれよ、とばかりに灰皿をコツコツと叩く。
「未成年でしょう。駄目ですよ」
癖なのか、男は年下の高耶に対しても敬語を織り交ぜながら答える。
「頭、カタいのな」
仕方なく高耶が手を引っ込めると、
「……それでよく、あなたに怒られましたよ」
男は小さく笑った。
出会ったばかりなのに"よく怒られた"訳がないのだが、その顔は妙に嬉しそうだ。
(………なんだ)
とっつきにくさが薄らいで、若干の親近感が沸いた。
そのせいなのか、男の充分に安定したハンドル捌きのおかげなのか、行く先もわからない初めての車内で、高耶は不安を感じずに過ごすことが出来た。
やや遅れて、高耶には事情を知る"義務"があるのだと言い切った男が運転席へと座る。
静かに発進した車内は、煙草の匂いがした。
何も言わずに手のひらを差し出すと、男は運転中にも関わらず疑問顔で高耶の顔を見つめた。
くれよ、とばかりに灰皿をコツコツと叩く。
「未成年でしょう。駄目ですよ」
癖なのか、男は年下の高耶に対しても敬語を織り交ぜながら答える。
「頭、カタいのな」
仕方なく高耶が手を引っ込めると、
「……それでよく、あなたに怒られましたよ」
男は小さく笑った。
出会ったばかりなのに"よく怒られた"訳がないのだが、その顔は妙に嬉しそうだ。
(………なんだ)
とっつきにくさが薄らいで、若干の親近感が沸いた。
そのせいなのか、男の充分に安定したハンドル捌きのおかげなのか、行く先もわからない初めての車内で、高耶は不安を感じずに過ごすことが出来た。
「今日、千秋修平の誕生日なんだわ」
千秋が、何気なく高耶に言ったとたん、高耶は大爆笑を始めた。
「いや、嘘じゃねえよ?」
今日はエイプリルフールだ。
念のためにそう言うと、
「わかってるって。さすがにそんな、小学生みたいな嘘はつかねえだろ」
そう言いながら、まだ爆笑を続けている。
「いやあ~~、お前らしいわ。誕生日も嘘くさいなんてな」
肩をばしばしと叩きながら、牛丼でもおごってやるよ、などと言って来る。
「……いらねえよ」
半眼で突っぱねた千秋だったが、結局は放課後、大盛りで二杯もおごらせた。
その帰り道。
(おおおっと?)
天からの粋な誕生日プレゼントか、メモ用紙を手にしきりに辺りを見回しているきれいなおねえさんに出くわした。
千秋はすかさず声をかける。
「どうかしました?」
「えっと、ここを探してるんですけど……」
「ここはですね、えーっと……」
紳士ぶった千秋が顎に手を当てつつ答えていると、不意に女性が叫んだ。
「ユリちゃん!ママから離れないで!」
すると、近くのケーキ屋でウィンドウを覗き込んでいた女の子が、タカタカと駆け寄ってくる。
(ち、子連れか)
とは思ったものの、もちろん顔には出さずに、
「こっちから行った方が近道ですよ」
と、にこやかに教えてあげた。
「わかりました、ご丁寧にありがとう」
女性もにっこりと微笑んでくれて、
「じゃあ、気をつけて」
爽やかに言った千秋は踵を返す。
「ねーねー、ケーキ買って行こうよう」
「そうねえ……」
背後から聞こえてくる会話をなんとなく耳にしながらその場を去ろうとした千秋の腕を、何故か女性はぐいっと掴んで引き止めた。
「あのっ!ごめんなさい!ちょっとだけこの子、見ててもらえます?」
「え!ちょっと……!」
止める間もなく、女性はケーキ屋に駆け込んでいく。
物騒な世の中なのに……。
(自分のような人間に、子供なんか預けちゃ駄目だろう)
それとも自分はよほどいい人間にみえるのだろうか?
飢えた狼そのものだと、自分では思うのだが。
うーん、と考え込んでいると、下のほうからかわいい声が聞こえてきた。
「おにいちゃん、目がね取ったらきっとかっこいいよ」
「……ありがとう」
褒められているにしては微妙な言い回しだが、一応礼を言っておく。
「およめさんになってあげてもいいよ」
「………あげてもいいよって」
千秋はしゃがみこむと、女の子と目線を合わせた。
「そういうときは素直に、お嫁さんにしてくださいって言ったほうがかわいいぞ」
たしなめるように言う千秋に、女の子はすかさず反論した。
「でも、ツンデレのほうがもてるよ」
「へえ……そーですか……」
時代は変わってゆくものだなあ……などと遠い目になっていると、女性が慌てて戻ってくる。
土産用の大箱の他に、小さな箱をひとつ、手にしていた。
「これ、甘いもの好きじゃなかったら申し訳ないんだけど、よかったら」
「───………」
偶然とはいえ、誕生日に貰うケーキに何だか変な因縁を感じてしまう。
千秋はありがたく受け取ることにした。
「じゃあね~」
「ありがとうございました」
手を繋いで去っていく母子を見送って、予想外のプロポーズと誕生日ケーキを土産に、千秋は帰途についた。
千秋が、何気なく高耶に言ったとたん、高耶は大爆笑を始めた。
「いや、嘘じゃねえよ?」
今日はエイプリルフールだ。
念のためにそう言うと、
「わかってるって。さすがにそんな、小学生みたいな嘘はつかねえだろ」
そう言いながら、まだ爆笑を続けている。
「いやあ~~、お前らしいわ。誕生日も嘘くさいなんてな」
肩をばしばしと叩きながら、牛丼でもおごってやるよ、などと言って来る。
「……いらねえよ」
半眼で突っぱねた千秋だったが、結局は放課後、大盛りで二杯もおごらせた。
その帰り道。
(おおおっと?)
天からの粋な誕生日プレゼントか、メモ用紙を手にしきりに辺りを見回しているきれいなおねえさんに出くわした。
千秋はすかさず声をかける。
「どうかしました?」
「えっと、ここを探してるんですけど……」
「ここはですね、えーっと……」
紳士ぶった千秋が顎に手を当てつつ答えていると、不意に女性が叫んだ。
「ユリちゃん!ママから離れないで!」
すると、近くのケーキ屋でウィンドウを覗き込んでいた女の子が、タカタカと駆け寄ってくる。
(ち、子連れか)
とは思ったものの、もちろん顔には出さずに、
「こっちから行った方が近道ですよ」
と、にこやかに教えてあげた。
「わかりました、ご丁寧にありがとう」
女性もにっこりと微笑んでくれて、
「じゃあ、気をつけて」
爽やかに言った千秋は踵を返す。
「ねーねー、ケーキ買って行こうよう」
「そうねえ……」
背後から聞こえてくる会話をなんとなく耳にしながらその場を去ろうとした千秋の腕を、何故か女性はぐいっと掴んで引き止めた。
「あのっ!ごめんなさい!ちょっとだけこの子、見ててもらえます?」
「え!ちょっと……!」
止める間もなく、女性はケーキ屋に駆け込んでいく。
物騒な世の中なのに……。
(自分のような人間に、子供なんか預けちゃ駄目だろう)
それとも自分はよほどいい人間にみえるのだろうか?
飢えた狼そのものだと、自分では思うのだが。
うーん、と考え込んでいると、下のほうからかわいい声が聞こえてきた。
「おにいちゃん、目がね取ったらきっとかっこいいよ」
「……ありがとう」
褒められているにしては微妙な言い回しだが、一応礼を言っておく。
「およめさんになってあげてもいいよ」
「………あげてもいいよって」
千秋はしゃがみこむと、女の子と目線を合わせた。
「そういうときは素直に、お嫁さんにしてくださいって言ったほうがかわいいぞ」
たしなめるように言う千秋に、女の子はすかさず反論した。
「でも、ツンデレのほうがもてるよ」
「へえ……そーですか……」
時代は変わってゆくものだなあ……などと遠い目になっていると、女性が慌てて戻ってくる。
土産用の大箱の他に、小さな箱をひとつ、手にしていた。
「これ、甘いもの好きじゃなかったら申し訳ないんだけど、よかったら」
「───………」
偶然とはいえ、誕生日に貰うケーキに何だか変な因縁を感じてしまう。
千秋はありがたく受け取ることにした。
「じゃあね~」
「ありがとうございました」
手を繋いで去っていく母子を見送って、予想外のプロポーズと誕生日ケーキを土産に、千秋は帰途についた。
料理の最中、高耶は邪魔されたくないようなので、直江は大抵仕事を片付けている。
今日もそうしていたら、高耶がキッチンからやってきた。
「出来ました?」
「いや、まだ。いま煮込んでるとこ」
そういって、ソファに座っていた直江の隣に腰掛けた。
「テレビでもつけますか」
「いや、いい……」
手持ち無沙汰に見えたから気を遣って声をかけたのだが、それを断った高耶は心なしか身体を寄せてくる。
直江も自然と抱き寄せて、なんとなく流れで口付けた。
「ん…………」
なんとなく、口付けは深くなっていき、なんとなく、ふたりしてソファに横になる。
「………何か煮込んでるんじゃなかったでしたっけ?」
「じっくり煮込んだほうが、うまくなる」
「……なら、"じっくり"いきましょう」
直江がそういうと、高耶は小さく笑った。
今日もそうしていたら、高耶がキッチンからやってきた。
「出来ました?」
「いや、まだ。いま煮込んでるとこ」
そういって、ソファに座っていた直江の隣に腰掛けた。
「テレビでもつけますか」
「いや、いい……」
手持ち無沙汰に見えたから気を遣って声をかけたのだが、それを断った高耶は心なしか身体を寄せてくる。
直江も自然と抱き寄せて、なんとなく流れで口付けた。
「ん…………」
なんとなく、口付けは深くなっていき、なんとなく、ふたりしてソファに横になる。
「………何か煮込んでるんじゃなかったでしたっけ?」
「じっくり煮込んだほうが、うまくなる」
「……なら、"じっくり"いきましょう」
直江がそういうと、高耶は小さく笑った。
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