「高耶さん。そろそろ着きますよ」
助手席ですっかり寝込んでいた高耶は、目を擦りながら身体を起こした。
「あ……コンビニ行きたい。美弥に土産買って帰んねーと……」
という高耶の一言で、車を最寄のコンビニへと向けることとなった。
「こないださ、美弥のやつ、何て言ったと思う?」
「何ですか」
「早く夏休みが来ないかな、だって。まだあと一年あるっつーの」
高耶は楽しげに笑った。
「よっぽど、楽しい夏休みを過ごしたんでしょうね」
「……おまえらのおかげもあるだろ」
そういえば、この夏は海やら山やら祭りやら、散々連れまわされてしまった気がする。
「ありがとうな、ほんと」
「……らしくないですね」
殊勝な顔をしている高耶をからかうと、
「オレも、たまには"まとも"なことを言うんだよ」
笑う高耶に、直江も微笑み返す。
そんなタイミングで、車はちょうど、コンビニへと到着した。
9月もそろそろ半ばで、夜の気温は日に日に下がっていっている。
それでも車外に出ると、むっとした外気が肌に纏わりついた。
店内に入ってすぐ、高耶はお菓子の売り場でどれがベストのお土産か、悩み始めてしまった。
そんな高耶のそばを離れ、直江は水と眠気覚ましのガムを手に取った。
高耶を送り届けたら、その後は実家までの長いドライブが待っているのだ。
ちょっと暗い気持ちになりつつも、やっと美弥への土産を決めた高耶と、夜食を買うために店内を移動する。
「あ、コレうまそう」
いつも焼きそばパンばかりの高耶が、ちょっと豪華な惣菜パンを手に取っている。
「でも、今月ピンチだかんなー」
「大丈夫ですよ。経費で落とせますから」
「……おまえのその経費ってさ、兄貴んとこの不動産屋?それとも上杉の?」
「今日は上杉でいけますね」
「……いつか、ケンシンに化けて出られそうだよな」
高耶の言葉の言い回しに、直江は思わず笑ってしまった。
「そしたら、あなたが怒られてくださいね」
会計を済ませて外に出ると、夏の終わりの湿った風が吹き抜けていく。
「高耶さん?」
車へ向かおうをした直江は、着いてこない高耶に声をかけた。
何かに気を取られて立ち止まっている。
その視線の先には、地べたに座り込んでわいわいと騒いでいる若者たちがいた。
決して、いやなものを見る眼ではない。懐かしいものを見る眼だ。
高耶の足が、自然とそちらへ向かうのを、直江はしばらく後ろから眺めていた。
声をかける高耶。若者たちのあからさまな拒絶。
ひと悶着ありそうな雰囲気だ。
そう感じた直江も後を追って歩き出すと、案の定、彼らのひとりが高耶に掴みかかる。
「……………」
放って置いたって別段問題はないことはわかっていた。
が、くだらない人間たちが高耶に触れるのは我慢ならない。
腕を離すように言って、彼を汚れた手から開放すると、二度と彼に近寄らないよう、無作法な輩に無言で言い渡す。
高耶が喋り始めれば、彼らは見るからに意気消沈し、やがてゴミ拾いまでして去っていった。
「……ったく」
「"まとも"なこと、言ってましたね」
「まーな」
彼らの後ろ姿を見つめながら、高耶はぼやいた。
「居場所が欲しさにあーゆーことしてると、ますます居場所がなくなるんだよな」
「経験者は語る、ですか」
「……譲がいなかったら、オレもあいつらに敬語使われてたかもな」
その想像は、あながち違ってもいないだろう。
苦笑いになる直江を、ふと高耶が真顔で見つめてきた
「?」
「────……」
高耶が何かを言いかけたそのとき、コンビニの店員が話しかけてきて、話の続きを遮られてしまった。
が、どうしても気になったから、車に乗り込んだ後で、
「さっき、何かいいかけたでしょう」
「ん?」
「何なんです」
問いただしてみた。すると、
「おまえや千秋やねーさんといると、遅かれ早かれこうなってたのかなって思うんだよな」
直江がエンジンをかけると、エアコンの通気口からひんやりとした風が吹き出てきて、高耶の前髪を揺らした。
「譲と会ってなくても、いずれはおまえたちとこうしてたんじゃないかって」
「……どうでしょうね」
シートベルトを引っ張って、直江は言う。
「譲さんがいなければ、あなたが魔縁塚の一件に関わることもなかったでしょうし……。まだあなたとも、出会えていなかったかもしれませんね」
「……だとしても、きっといつか出会ってたと思う」
高耶は確信に満ちた声で言った。
「運命って言うと、大げさかもしれないけど。そんな気がするんだ」
「……………」
自分たちは、再び出会うことが運命付けられていたのだろうか。
高耶がそう感じるのなら、そうなのかもしれない。
だとしたら、この先に起こる出来事も、もうすでに運命付けられている?
「直江?」
黙りこんでしまった直江の顔を、高耶が覗き込んでくる。
「……馬鹿みてーって、思ってるんだろ」
「まさか。思ってませんよ」
微笑って、そう答えながら、直江は思う。
未来が、すでに定められているというのなら。
(このひとが、傷つくようなものでないといい)
自分はいい。どんな困難でも引き受けてみせよう。
けれど、このひとの笑顔が二度と曇ることのないように。
このひとが、心の平安と、真の幸福を手にすることを、願ってやまない。
(いや、願うだけでなく)
自分が、運命の道筋をそちらの方へと向けてやらねばならない。
「もし、あなたと再び出会う運命になかったとしても」
ステアリングを握りながら、前方へと視線をやった。
「私は、運命なんて捻じ曲げて見せましたよ」
「………直江」
直江は高耶の視線を横顔に感じながら、ゆっくりと車を発進させた。
助手席ですっかり寝込んでいた高耶は、目を擦りながら身体を起こした。
「あ……コンビニ行きたい。美弥に土産買って帰んねーと……」
という高耶の一言で、車を最寄のコンビニへと向けることとなった。
「こないださ、美弥のやつ、何て言ったと思う?」
「何ですか」
「早く夏休みが来ないかな、だって。まだあと一年あるっつーの」
高耶は楽しげに笑った。
「よっぽど、楽しい夏休みを過ごしたんでしょうね」
「……おまえらのおかげもあるだろ」
そういえば、この夏は海やら山やら祭りやら、散々連れまわされてしまった気がする。
「ありがとうな、ほんと」
「……らしくないですね」
殊勝な顔をしている高耶をからかうと、
「オレも、たまには"まとも"なことを言うんだよ」
笑う高耶に、直江も微笑み返す。
そんなタイミングで、車はちょうど、コンビニへと到着した。
9月もそろそろ半ばで、夜の気温は日に日に下がっていっている。
それでも車外に出ると、むっとした外気が肌に纏わりついた。
店内に入ってすぐ、高耶はお菓子の売り場でどれがベストのお土産か、悩み始めてしまった。
そんな高耶のそばを離れ、直江は水と眠気覚ましのガムを手に取った。
高耶を送り届けたら、その後は実家までの長いドライブが待っているのだ。
ちょっと暗い気持ちになりつつも、やっと美弥への土産を決めた高耶と、夜食を買うために店内を移動する。
「あ、コレうまそう」
いつも焼きそばパンばかりの高耶が、ちょっと豪華な惣菜パンを手に取っている。
「でも、今月ピンチだかんなー」
「大丈夫ですよ。経費で落とせますから」
「……おまえのその経費ってさ、兄貴んとこの不動産屋?それとも上杉の?」
「今日は上杉でいけますね」
「……いつか、ケンシンに化けて出られそうだよな」
高耶の言葉の言い回しに、直江は思わず笑ってしまった。
「そしたら、あなたが怒られてくださいね」
会計を済ませて外に出ると、夏の終わりの湿った風が吹き抜けていく。
「高耶さん?」
車へ向かおうをした直江は、着いてこない高耶に声をかけた。
何かに気を取られて立ち止まっている。
その視線の先には、地べたに座り込んでわいわいと騒いでいる若者たちがいた。
決して、いやなものを見る眼ではない。懐かしいものを見る眼だ。
高耶の足が、自然とそちらへ向かうのを、直江はしばらく後ろから眺めていた。
声をかける高耶。若者たちのあからさまな拒絶。
ひと悶着ありそうな雰囲気だ。
そう感じた直江も後を追って歩き出すと、案の定、彼らのひとりが高耶に掴みかかる。
「……………」
放って置いたって別段問題はないことはわかっていた。
が、くだらない人間たちが高耶に触れるのは我慢ならない。
腕を離すように言って、彼を汚れた手から開放すると、二度と彼に近寄らないよう、無作法な輩に無言で言い渡す。
高耶が喋り始めれば、彼らは見るからに意気消沈し、やがてゴミ拾いまでして去っていった。
「……ったく」
「"まとも"なこと、言ってましたね」
「まーな」
彼らの後ろ姿を見つめながら、高耶はぼやいた。
「居場所が欲しさにあーゆーことしてると、ますます居場所がなくなるんだよな」
「経験者は語る、ですか」
「……譲がいなかったら、オレもあいつらに敬語使われてたかもな」
その想像は、あながち違ってもいないだろう。
苦笑いになる直江を、ふと高耶が真顔で見つめてきた
「?」
「────……」
高耶が何かを言いかけたそのとき、コンビニの店員が話しかけてきて、話の続きを遮られてしまった。
が、どうしても気になったから、車に乗り込んだ後で、
「さっき、何かいいかけたでしょう」
「ん?」
「何なんです」
問いただしてみた。すると、
「おまえや千秋やねーさんといると、遅かれ早かれこうなってたのかなって思うんだよな」
直江がエンジンをかけると、エアコンの通気口からひんやりとした風が吹き出てきて、高耶の前髪を揺らした。
「譲と会ってなくても、いずれはおまえたちとこうしてたんじゃないかって」
「……どうでしょうね」
シートベルトを引っ張って、直江は言う。
「譲さんがいなければ、あなたが魔縁塚の一件に関わることもなかったでしょうし……。まだあなたとも、出会えていなかったかもしれませんね」
「……だとしても、きっといつか出会ってたと思う」
高耶は確信に満ちた声で言った。
「運命って言うと、大げさかもしれないけど。そんな気がするんだ」
「……………」
自分たちは、再び出会うことが運命付けられていたのだろうか。
高耶がそう感じるのなら、そうなのかもしれない。
だとしたら、この先に起こる出来事も、もうすでに運命付けられている?
「直江?」
黙りこんでしまった直江の顔を、高耶が覗き込んでくる。
「……馬鹿みてーって、思ってるんだろ」
「まさか。思ってませんよ」
微笑って、そう答えながら、直江は思う。
未来が、すでに定められているというのなら。
(このひとが、傷つくようなものでないといい)
自分はいい。どんな困難でも引き受けてみせよう。
けれど、このひとの笑顔が二度と曇ることのないように。
このひとが、心の平安と、真の幸福を手にすることを、願ってやまない。
(いや、願うだけでなく)
自分が、運命の道筋をそちらの方へと向けてやらねばならない。
「もし、あなたと再び出会う運命になかったとしても」
ステアリングを握りながら、前方へと視線をやった。
「私は、運命なんて捻じ曲げて見せましたよ」
「………直江」
直江は高耶の視線を横顔に感じながら、ゆっくりと車を発進させた。
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