「ううぅっ、おうぎさんっ」
「どうした、卯太郎」
隊士たちとの打ち合わせ中に、泣きじゃくりながらやってきた卯太郎をみて、高耶は驚いた顔をした。
「仰木さん、兵頭さんや武藤さんと接吻なさったそうですねっ。ひくっ」
またその話か、と高耶はため息をついた。
「接吻は"信頼の証"だと楢崎が言うちょりました。ひくっ。仰木さんが私にしてくれないのは信頼されちょらんからだと。仰木さん、わしにはいつ接吻してくれるがですか?」
「……卯太郎。お前、楢崎にからかわれたんだ」
「え?」
卯太郎は不思議そうな顔をした。
「じゃあ、接吻は何の証なんですか?」
「え?」
今度は高耶が聞き返す番だった。
何て説明すればいいのか。てゆうかキスの意味がわからないなんて、卯太郎っていくつだったっけ?
そこへスキップをしながら潮が現れた。
「お、卯太郎!お前も仰木とチューか?」
「いえ、私はまだ……」
卯太郎のつぶらな瞳にまたしても涙がじわりと滲む。
「そっかそっか。ま、俺はしたからいいけどね♪」
「武藤!」
高耶の怒声もなんのその、すっかり浮かれきった潮を災難が襲ったのはその時だった。
「──へ?」
黒い腕が潮の背後からにゅっと伸びて、両肩をがっしりと掴む。
抗う間もなく、潮の唇は腕の持ち主に奪われた。
「た、たちばなさ……」
卯太郎は目の前の信じられない光景に瞬きも忘れて見入っている。
黒き神官が潮の口内を思う存分貪っていた。
周囲にいた隊士たちも何が起きたのかわからずにぽかんとする中で、高耶の動きは俊敏だった。
「何やってんだッ!」
無理やり二人を剥がした高耶は、直江を睨み付ける。
「どういうつもりだッ」
「……どっちがウマいか、聞いてみたらどうです?」
「なっ!」
直江が眼で示したのは、腰から崩れ落ちて地べたに突っ伏してしまった潮だ。ぴくりとも動かない潮の姿が、全てを物語っていた。
けれどもその行動はあまりにも非常識だし、何を考えているのかと怒鳴ろうとした高耶だったが、
「待った!」
という声に遮られて踏みとどまった。
「兵頭!」
歩み寄ってきた兵頭が、横たわった潮の脇腹に蹴りを入れる。
「ヴグッ!」
「武藤、さっさと立て!わしともしてもらう!」
「なっ、なんでだよ!」
我に返って起き上がった潮が、ちょっぴり頬を赤くする。
「この男に負ける訳にはいかん!」
ライバル心剥き出しで兵頭が直江を睨みつけると、
「ならば直接対決でどうだ」
と直江は兵頭の元へつかつかと歩み寄り、ぐいと顎を掴んだ。
若干身長も年嵩も上回る直江が兵頭を圧倒するが、兵頭も眼光の鋭さでは負けていない。
「よ、よし!俺が見届け人だっ!!」
意を決したように、潮は叫んだ。
有り得ない成り行きに、高耶は悪寒を覚えずにはいられない。
「ちょ、お前らいーかげんに……」
「待ってください!」
そこへ駆けつけたのは中川だ。
「中川!いいところに来てくれた!」
やっとこの騒ぎを止めてくれる人間が現れた、と高耶が安堵の息を吐くと、
「私だって、ダテに白鮫たちに弄ばれていたわけじゃあないんです!」
と中川は叫んだ。いつもの彼とは眼の色が明らかに違う。
「……中川?」
「腕の見せ所だな」
「嶺次郎!いつの間にっ!」
「こうなったらわしらだけの問題ではすまんきのう」
「いったい、どういう意味だ……」
「午前零時をもって、会戦時刻とする」
「か、かいせん……?」
そして、運命の決戦の火蓋は切って落とされた。
この戦を境に、顔つきが一変したという男たちが赤鯨衆には多い。彼らは後年、あの日の戦いを回想するごとにこう語った。
まるで天上と地獄が入れ替わるかのような、壮烈な戦だった。
事実、戦いは赤鯨衆にとって精神的な意味での大きなターニングポイントとなり、あの日を境に、赤鯨衆の男たちの顔つきは「戦士」になったという。それほどに死力を尽くした凄まじい攻防戦となったのである。
斐川左馬助殿、只今参陣しました!
岩田永吉殿、入殿します!
檜垣小源太殿、着到!
赤鯨衆の名立たる猛者どもがこの世紀の合戦に名乗りを上げた。
更に、噂を聞きつけた猛者供が全国から続々と集まって来て、熱り立つ男達をますます駆り立てる。
熊本より加藤清正殿、着到!
「おうぎぃっ!!何故ワシを呼ばんッ!!」
豊後臼杵の立花道雪殿、参られました!
「声がかからぬとは、どこまでも我らを愚弄する気か」
伊達政宗殿とうちゃくッ!
「いかなるキスをするかで、人ひとりの一生は容易に語れると思わぬか、景虎殿」
しかも、騒ぎはそれだけでは収まらなかった。
上杉家を代表して、色部勝長着到!
武田家代表、高坂弾正殿参られました!
一向宗代表、下間御兄弟着到!
毛利家より吉川元春殿いらしてます!!
奈良方面よりお越しの松永久秀殿、御入殿!!
トレンチコートを靡かせて、明智光秀殿登場!!
ろっ、六道界より成田譲殿、降臨っ!!
いっ、いつの間にかっ、お、織田信長殿もいらしてますッ!!
後の赤鯨衆……いや、《闇戦国》史上語り継がれる"キス腕比べ合戦"がいま、幕を開けた。
□ □ □
怒号の飛び交う合戦場から少し離れて、ここにひとりほくそ笑む男がいる。
(思惑通りだな)
事の発端を作ったといえなくもない、直江信綱だ。
直江が、キスを高耶にではなく潮にすることによって、皆の関心は"高耶のキス"ではなく、"誰が一番キスがウマいか"のほうへと移ったのだ。
「お前、謀っただろ」
背後から声をかけられて振り返る。
「高耶さん」
どうやら高耶には全てお見通しだったようだ。
「事を大きくしすぎだ」
「けど、こうなることはわかっていたでしょう?」
だからあの時兵頭をボコボコにしておくべきだったのだ。
「別にオレはよかったんだ。キスのひとつやふたつや十個や百個」
投遣りな言い草に、直江は険悪に眉を吊り上げかけたが、
「けどオレにはうるさい番犬がついてたんだよな」
そう言って高耶が笑うから、毒気を抜かれたように直江も苦笑した。
「K9の腕を試したかったんですか」
「さあな」
直江はさりげなく、高耶を壁際に追い詰めた。
「いつだってこんなに忠実なのに?」
「コレのどこが忠実なんだよ」
高耶はあっという間に服の中に進入してきた掌を指し示す。
「あなたのことしか考えていない証拠ですよ」
「………んッ」
何か言い返そうと思ったのに、結局口まで塞がれて、高耶は何も言えなくなった。
「どうした、卯太郎」
隊士たちとの打ち合わせ中に、泣きじゃくりながらやってきた卯太郎をみて、高耶は驚いた顔をした。
「仰木さん、兵頭さんや武藤さんと接吻なさったそうですねっ。ひくっ」
またその話か、と高耶はため息をついた。
「接吻は"信頼の証"だと楢崎が言うちょりました。ひくっ。仰木さんが私にしてくれないのは信頼されちょらんからだと。仰木さん、わしにはいつ接吻してくれるがですか?」
「……卯太郎。お前、楢崎にからかわれたんだ」
「え?」
卯太郎は不思議そうな顔をした。
「じゃあ、接吻は何の証なんですか?」
「え?」
今度は高耶が聞き返す番だった。
何て説明すればいいのか。てゆうかキスの意味がわからないなんて、卯太郎っていくつだったっけ?
そこへスキップをしながら潮が現れた。
「お、卯太郎!お前も仰木とチューか?」
「いえ、私はまだ……」
卯太郎のつぶらな瞳にまたしても涙がじわりと滲む。
「そっかそっか。ま、俺はしたからいいけどね♪」
「武藤!」
高耶の怒声もなんのその、すっかり浮かれきった潮を災難が襲ったのはその時だった。
「──へ?」
黒い腕が潮の背後からにゅっと伸びて、両肩をがっしりと掴む。
抗う間もなく、潮の唇は腕の持ち主に奪われた。
「た、たちばなさ……」
卯太郎は目の前の信じられない光景に瞬きも忘れて見入っている。
黒き神官が潮の口内を思う存分貪っていた。
周囲にいた隊士たちも何が起きたのかわからずにぽかんとする中で、高耶の動きは俊敏だった。
「何やってんだッ!」
無理やり二人を剥がした高耶は、直江を睨み付ける。
「どういうつもりだッ」
「……どっちがウマいか、聞いてみたらどうです?」
「なっ!」
直江が眼で示したのは、腰から崩れ落ちて地べたに突っ伏してしまった潮だ。ぴくりとも動かない潮の姿が、全てを物語っていた。
けれどもその行動はあまりにも非常識だし、何を考えているのかと怒鳴ろうとした高耶だったが、
「待った!」
という声に遮られて踏みとどまった。
「兵頭!」
歩み寄ってきた兵頭が、横たわった潮の脇腹に蹴りを入れる。
「ヴグッ!」
「武藤、さっさと立て!わしともしてもらう!」
「なっ、なんでだよ!」
我に返って起き上がった潮が、ちょっぴり頬を赤くする。
「この男に負ける訳にはいかん!」
ライバル心剥き出しで兵頭が直江を睨みつけると、
「ならば直接対決でどうだ」
と直江は兵頭の元へつかつかと歩み寄り、ぐいと顎を掴んだ。
若干身長も年嵩も上回る直江が兵頭を圧倒するが、兵頭も眼光の鋭さでは負けていない。
「よ、よし!俺が見届け人だっ!!」
意を決したように、潮は叫んだ。
有り得ない成り行きに、高耶は悪寒を覚えずにはいられない。
「ちょ、お前らいーかげんに……」
「待ってください!」
そこへ駆けつけたのは中川だ。
「中川!いいところに来てくれた!」
やっとこの騒ぎを止めてくれる人間が現れた、と高耶が安堵の息を吐くと、
「私だって、ダテに白鮫たちに弄ばれていたわけじゃあないんです!」
と中川は叫んだ。いつもの彼とは眼の色が明らかに違う。
「……中川?」
「腕の見せ所だな」
「嶺次郎!いつの間にっ!」
「こうなったらわしらだけの問題ではすまんきのう」
「いったい、どういう意味だ……」
「午前零時をもって、会戦時刻とする」
「か、かいせん……?」
そして、運命の決戦の火蓋は切って落とされた。
この戦を境に、顔つきが一変したという男たちが赤鯨衆には多い。彼らは後年、あの日の戦いを回想するごとにこう語った。
まるで天上と地獄が入れ替わるかのような、壮烈な戦だった。
事実、戦いは赤鯨衆にとって精神的な意味での大きなターニングポイントとなり、あの日を境に、赤鯨衆の男たちの顔つきは「戦士」になったという。それほどに死力を尽くした凄まじい攻防戦となったのである。
斐川左馬助殿、只今参陣しました!
岩田永吉殿、入殿します!
檜垣小源太殿、着到!
赤鯨衆の名立たる猛者どもがこの世紀の合戦に名乗りを上げた。
更に、噂を聞きつけた猛者供が全国から続々と集まって来て、熱り立つ男達をますます駆り立てる。
熊本より加藤清正殿、着到!
「おうぎぃっ!!何故ワシを呼ばんッ!!」
豊後臼杵の立花道雪殿、参られました!
「声がかからぬとは、どこまでも我らを愚弄する気か」
伊達政宗殿とうちゃくッ!
「いかなるキスをするかで、人ひとりの一生は容易に語れると思わぬか、景虎殿」
しかも、騒ぎはそれだけでは収まらなかった。
上杉家を代表して、色部勝長着到!
武田家代表、高坂弾正殿参られました!
一向宗代表、下間御兄弟着到!
毛利家より吉川元春殿いらしてます!!
奈良方面よりお越しの松永久秀殿、御入殿!!
トレンチコートを靡かせて、明智光秀殿登場!!
ろっ、六道界より成田譲殿、降臨っ!!
いっ、いつの間にかっ、お、織田信長殿もいらしてますッ!!
後の赤鯨衆……いや、《闇戦国》史上語り継がれる"キス腕比べ合戦"がいま、幕を開けた。
□ □ □
怒号の飛び交う合戦場から少し離れて、ここにひとりほくそ笑む男がいる。
(思惑通りだな)
事の発端を作ったといえなくもない、直江信綱だ。
直江が、キスを高耶にではなく潮にすることによって、皆の関心は"高耶のキス"ではなく、"誰が一番キスがウマいか"のほうへと移ったのだ。
「お前、謀っただろ」
背後から声をかけられて振り返る。
「高耶さん」
どうやら高耶には全てお見通しだったようだ。
「事を大きくしすぎだ」
「けど、こうなることはわかっていたでしょう?」
だからあの時兵頭をボコボコにしておくべきだったのだ。
「別にオレはよかったんだ。キスのひとつやふたつや十個や百個」
投遣りな言い草に、直江は険悪に眉を吊り上げかけたが、
「けどオレにはうるさい番犬がついてたんだよな」
そう言って高耶が笑うから、毒気を抜かれたように直江も苦笑した。
「K9の腕を試したかったんですか」
「さあな」
直江はさりげなく、高耶を壁際に追い詰めた。
「いつだってこんなに忠実なのに?」
「コレのどこが忠実なんだよ」
高耶はあっという間に服の中に進入してきた掌を指し示す。
「あなたのことしか考えていない証拠ですよ」
「………んッ」
何か言い返そうと思ったのに、結局口まで塞がれて、高耶は何も言えなくなった。
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