宿へと戻った景虎は、窓際で徳利を傾けながら、大きくため息をついている。
直江はそれを、足を崩すことなく見つめていた。
長秀と晴家は、今頃どこぞのお座敷で宴会中だろう。
勝長はふらりと出て行ったまま、戻ってきていない。
今宵は、久しぶりの大捕物だった。
夜叉衆全員揃い踏みで、大量の怨霊群を《調伏》しまくった。
先程からずっと黙ったままの景虎は、今日は誰よりもよく駆け回っていた。
だからそのせいで、疲労のため息を漏らしているのかと思っていたが、実はそうではなかったようだ。
「蝿を叩き潰すのに似ている」
ぽつりと、そう呟いた。
「そうは思わないか」
どうやらあまりにも多くを《調伏》した為に、罪悪感に苛まれているらしい。
こんなときの直江の言葉は、いつだって決まっていた。
「だとしても、誰かがやらねばなりませぬ」
模範的な解答に、景虎は面白くなさそうな顔になる。
「つめたい男だ」
「それが、使命ならば」
そう言ったら、フンと鼻を鳴らされた。
「おまえはいつも、そればかりなのだな」
今の言葉は、自分を馬鹿にしたものなのだろうか。
けれどその言葉に間違いはないと、直江は思った。
"それ"以外にいったい何があるというのだろうか。
自分と、景虎を繋ぐものは。
ふたりの絆がそれしかない以上、"それ"ばかりでいることしか、直江には出来ないではないか。
月に照らされた、まるで美人画の様な横顔を見つめながら、
「私には、それしか無いのです」
素直にそう伝えた。
「そんな訳はないだろう」
「いいえ」
首を横に振ると、
(私には、あなたしかしない)
心の内で強くそう思った。
するとそれが通じたかのように、景虎はちらりとこちらを見て、またすぐに視線を戻す。
そしてまた、そのまま黙ってしまった。
直江は何とか口を開かせようと、
「あなたには、それ以外のものがあると?」
そう問うてみた。
「……………」
景虎は答えを返さない。
怒らせてしまったのだろうか。
ところがしばらくして、
「なくなった」
徳利が空であることに気付いた景虎は、それを直江に振って見せた。
「………ただいま」
立ち上がった直江が新しい酒を貰いに行こうとすると、
「猪口をもうひとつ」
背後から声が掛かった。
おまえも呑めということらしい。
直江は軽く驚いて、思わず振り返る。
景虎が自分に酒を飲ませたがるなど、余程機嫌がいいときでしか有り得ない。
落ち込んでいるのか、機嫌がよいのか、一体どちらなのだろう。
疑問に思ってよくよく見てみると、白い横顔の口端には、何故か笑みが浮かんでいた。
その笑みが直江の心の内に、すっと入り込んでくる。
「………御意」
そう答えた直江も、気付かぬうちに微笑っていた。
直江はそれを、足を崩すことなく見つめていた。
長秀と晴家は、今頃どこぞのお座敷で宴会中だろう。
勝長はふらりと出て行ったまま、戻ってきていない。
今宵は、久しぶりの大捕物だった。
夜叉衆全員揃い踏みで、大量の怨霊群を《調伏》しまくった。
先程からずっと黙ったままの景虎は、今日は誰よりもよく駆け回っていた。
だからそのせいで、疲労のため息を漏らしているのかと思っていたが、実はそうではなかったようだ。
「蝿を叩き潰すのに似ている」
ぽつりと、そう呟いた。
「そうは思わないか」
どうやらあまりにも多くを《調伏》した為に、罪悪感に苛まれているらしい。
こんなときの直江の言葉は、いつだって決まっていた。
「だとしても、誰かがやらねばなりませぬ」
模範的な解答に、景虎は面白くなさそうな顔になる。
「つめたい男だ」
「それが、使命ならば」
そう言ったら、フンと鼻を鳴らされた。
「おまえはいつも、そればかりなのだな」
今の言葉は、自分を馬鹿にしたものなのだろうか。
けれどその言葉に間違いはないと、直江は思った。
"それ"以外にいったい何があるというのだろうか。
自分と、景虎を繋ぐものは。
ふたりの絆がそれしかない以上、"それ"ばかりでいることしか、直江には出来ないではないか。
月に照らされた、まるで美人画の様な横顔を見つめながら、
「私には、それしか無いのです」
素直にそう伝えた。
「そんな訳はないだろう」
「いいえ」
首を横に振ると、
(私には、あなたしかしない)
心の内で強くそう思った。
するとそれが通じたかのように、景虎はちらりとこちらを見て、またすぐに視線を戻す。
そしてまた、そのまま黙ってしまった。
直江は何とか口を開かせようと、
「あなたには、それ以外のものがあると?」
そう問うてみた。
「……………」
景虎は答えを返さない。
怒らせてしまったのだろうか。
ところがしばらくして、
「なくなった」
徳利が空であることに気付いた景虎は、それを直江に振って見せた。
「………ただいま」
立ち上がった直江が新しい酒を貰いに行こうとすると、
「猪口をもうひとつ」
背後から声が掛かった。
おまえも呑めということらしい。
直江は軽く驚いて、思わず振り返る。
景虎が自分に酒を飲ませたがるなど、余程機嫌がいいときでしか有り得ない。
落ち込んでいるのか、機嫌がよいのか、一体どちらなのだろう。
疑問に思ってよくよく見てみると、白い横顔の口端には、何故か笑みが浮かんでいた。
その笑みが直江の心の内に、すっと入り込んでくる。
「………御意」
そう答えた直江も、気付かぬうちに微笑っていた。
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