梅雨の名残のようなうっとおしい雨を降らせている今日の空は、朝からずっと暗いままだ。
同じく今朝から、高耶の顔色が冴えない。
話しかけても、浮かない返事ばかり。
察するに、昨晩あたりにまた父親と何かトラブルでもあったんだと思うけど、どうせ聞いたって話してくれない。
こんなときは元の調子に戻るまで根気よく話しかけ続けるしかないことを、譲はよく解っていた。
「今日バイトは?」
「……休み」
「俺も部活ないからさ、どっかいこうよ」
「ええ?雨降ってんぜ」
「だから何」
「だるくねえ?」
「だるくないよ!」
「………あっそ」
「それに午後から止むらしいよ、雨」
「ふうん……」
ぼけっとした顔の高耶に、
「決まり」
と譲は強引に約束を取り付けた。
これで○ックにでも行って、ふたりでダラダラ喋りでもすれば、きっと高耶の気分が晴れるだろう。
そう思って頷いていると、
「直江が来るような気がする」
高耶はぽつりと言った。
「直江さん?何で?用事あるって?」
「そーじゃねーけど………なんとなく。こんな日は」
「?」
"こんな日"の意味がわからなくて、譲は首を傾げた。
同じく今朝から、高耶の顔色が冴えない。
話しかけても、浮かない返事ばかり。
察するに、昨晩あたりにまた父親と何かトラブルでもあったんだと思うけど、どうせ聞いたって話してくれない。
こんなときは元の調子に戻るまで根気よく話しかけ続けるしかないことを、譲はよく解っていた。
「今日バイトは?」
「……休み」
「俺も部活ないからさ、どっかいこうよ」
「ええ?雨降ってんぜ」
「だから何」
「だるくねえ?」
「だるくないよ!」
「………あっそ」
「それに午後から止むらしいよ、雨」
「ふうん……」
ぼけっとした顔の高耶に、
「決まり」
と譲は強引に約束を取り付けた。
これで○ックにでも行って、ふたりでダラダラ喋りでもすれば、きっと高耶の気分が晴れるだろう。
そう思って頷いていると、
「直江が来るような気がする」
高耶はぽつりと言った。
「直江さん?何で?用事あるって?」
「そーじゃねーけど………なんとなく。こんな日は」
「?」
"こんな日"の意味がわからなくて、譲は首を傾げた。
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「そうか。そんなことを……」
「もう少しここで過ごしていたら、入隊していた可能性もありましたね」
「早まったと言いたいのか」
「いいえ。少なくとも、ひとりの憑坐が救われました」
ベッドに横たわり、直江の腕に身体を預けて首を傾げていた高耶は、やがて口を開いた。
「この世に残るのに、憑坐が必要なかったら?」
「───もちろん、霊体でも残れますが……。それがどういうことか、あなたも知っているでしょう?」
「そうじゃなくて。もし霊体でも、身体があるように振舞えたら?」
《力》が強い霊などは、宿体がなくても変わりなく振舞えることもある。
「どうでしょう……。ただ、霊体では飲食もできなければ、眠ることもありません」
直江は、それに、と付け足した。
「愛するひとに触れることもできない」
直江は、高耶を抱く腕に力を込めた。
「いずれ、宿体が欲しくなるでしょうね」
「そうかもな」
直江の腕の、心地の良い圧迫感に身を任せながら、だけど……と高耶は考える。
肉体の求めるものは満たしてやれなくても、心の欲求だけは汲み取ってやりたい。
無理やり浄化させるのではなく、きちんと納得してこの世を旅立っていって欲しい。
それだけであれば、肉体がなくとも出来るはずだ。
自分はこの身体を手放せないのに、そう思うのはずるいだろうか。
自分が出来ないことを人に求めるのは、罪深いことなのだろうか。
「オレは………おまえに触れられなくなったら、きっと気が狂う」
「高耶さん」
直江が首筋に顔を摺り寄せてきて、
「───……」
高耶はゆっくりと目を閉じた。
「もう少しここで過ごしていたら、入隊していた可能性もありましたね」
「早まったと言いたいのか」
「いいえ。少なくとも、ひとりの憑坐が救われました」
ベッドに横たわり、直江の腕に身体を預けて首を傾げていた高耶は、やがて口を開いた。
「この世に残るのに、憑坐が必要なかったら?」
「───もちろん、霊体でも残れますが……。それがどういうことか、あなたも知っているでしょう?」
「そうじゃなくて。もし霊体でも、身体があるように振舞えたら?」
《力》が強い霊などは、宿体がなくても変わりなく振舞えることもある。
「どうでしょう……。ただ、霊体では飲食もできなければ、眠ることもありません」
直江は、それに、と付け足した。
「愛するひとに触れることもできない」
直江は、高耶を抱く腕に力を込めた。
「いずれ、宿体が欲しくなるでしょうね」
「そうかもな」
直江の腕の、心地の良い圧迫感に身を任せながら、だけど……と高耶は考える。
肉体の求めるものは満たしてやれなくても、心の欲求だけは汲み取ってやりたい。
無理やり浄化させるのではなく、きちんと納得してこの世を旅立っていって欲しい。
それだけであれば、肉体がなくとも出来るはずだ。
自分はこの身体を手放せないのに、そう思うのはずるいだろうか。
自分が出来ないことを人に求めるのは、罪深いことなのだろうか。
「オレは………おまえに触れられなくなったら、きっと気が狂う」
「高耶さん」
直江が首筋に顔を摺り寄せてきて、
「───……」
高耶はゆっくりと目を閉じた。
直江がまわしてきた車に、高耶は乗り込まなかった。
少年だけを乗せると、後は任せるとばかりに発進を指示する。
直江はまず、少年の携帯していた身分証の住所へと車へ向けた。
「この身体から離れたら、僕はどうなるの?」
やっぱりそこが気になるらしく、少年は幼い口調で尋ねてきた。
先ほど高耶は言わなかったけれど、教えてやらねばならない。
「おまえは《調伏》される。つまり、浄化するんだ」
「浄化……」
「いつかまた生まれ変わるために、あの世へと行く」
ふうんと、軽い風を装って返事をしながら少年の握る手に力が込められた。
「怖いか」
「……別に」
少年は冷たい瞳で言う。
「この世界の方が……生きていくことの方が怖い。だから飛び降りたんだ」
「……………」
子供の自殺が増えているとは聞いているが、実際目の前にすると何て言ってやればいいのかわからない。
生きていればいいこともあったろう、と言ってしまっていいものだろうか。
そもそも日本では昔から、自死による意思表示を尊ぶ傾向にある。
そういえばかつて、自分も散々自傷を繰り返していたものだ。
「でも」
しばらく経ってから、少年はぽつりと呟いた。
「生きてるうちにあんな仲間が出来てれば、死んだりしなかったかも」
少年だけを乗せると、後は任せるとばかりに発進を指示する。
直江はまず、少年の携帯していた身分証の住所へと車へ向けた。
「この身体から離れたら、僕はどうなるの?」
やっぱりそこが気になるらしく、少年は幼い口調で尋ねてきた。
先ほど高耶は言わなかったけれど、教えてやらねばならない。
「おまえは《調伏》される。つまり、浄化するんだ」
「浄化……」
「いつかまた生まれ変わるために、あの世へと行く」
ふうんと、軽い風を装って返事をしながら少年の握る手に力が込められた。
「怖いか」
「……別に」
少年は冷たい瞳で言う。
「この世界の方が……生きていくことの方が怖い。だから飛び降りたんだ」
「……………」
子供の自殺が増えているとは聞いているが、実際目の前にすると何て言ってやればいいのかわからない。
生きていればいいこともあったろう、と言ってしまっていいものだろうか。
そもそも日本では昔から、自死による意思表示を尊ぶ傾向にある。
そういえばかつて、自分も散々自傷を繰り返していたものだ。
「でも」
しばらく経ってから、少年はぽつりと呟いた。
「生きてるうちにあんな仲間が出来てれば、死んだりしなかったかも」
またしても外が騒がしくて覗きに行ってみると、昨晩の酒盛り組と高耶が口論をしていた。
寄って行ってしばらく様子を見ていたら、じきに事情が飲み込めた。
どうやら、この世に未練なんか無いと言い切った少年に、高耶が入隊を認めない、と言ったらしい。
「こいつのご先祖さんは郷士の出やったそうじゃ!」
「敵の捕虜は仲間にするくせに……」
「なんで駄目なんちや!」
一晩で少年と随分仲良くなったらしい隊士たちは、高耶に不満を訴える。
それを高耶は一蹴した。
「赤鯨衆隊士は心に資格を持つ。そう決めたのは誰だ?」
「嘉田さんじゃ……」
「この世に残って闘う気なんて更々無いと言い切る人間が、ここにいてもいいと思うのか?」
「……………」
シュンとした一同を見回して、高耶は大きくため息をついた。
そして、終始うつむき気味だった少年に眼を向ける。
「その憑坐の人生を奪って生きていくだけの想いがないのなら、あの男に着いて行け」
突然、直江は指を指された。
けれど、驚きはしない。
高耶の意図はよく分かっている。
「……着いていって、僕はどうなるんだ」
高耶はその質問には答えずに、
「まずは、その憑坐を家に帰す」
と答えた。
寄って行ってしばらく様子を見ていたら、じきに事情が飲み込めた。
どうやら、この世に未練なんか無いと言い切った少年に、高耶が入隊を認めない、と言ったらしい。
「こいつのご先祖さんは郷士の出やったそうじゃ!」
「敵の捕虜は仲間にするくせに……」
「なんで駄目なんちや!」
一晩で少年と随分仲良くなったらしい隊士たちは、高耶に不満を訴える。
それを高耶は一蹴した。
「赤鯨衆隊士は心に資格を持つ。そう決めたのは誰だ?」
「嘉田さんじゃ……」
「この世に残って闘う気なんて更々無いと言い切る人間が、ここにいてもいいと思うのか?」
「……………」
シュンとした一同を見回して、高耶は大きくため息をついた。
そして、終始うつむき気味だった少年に眼を向ける。
「その憑坐の人生を奪って生きていくだけの想いがないのなら、あの男に着いて行け」
突然、直江は指を指された。
けれど、驚きはしない。
高耶の意図はよく分かっている。
「……着いていって、僕はどうなるんだ」
高耶はその質問には答えずに、
「まずは、その憑坐を家に帰す」
と答えた。
その後、それとなく警察に確認を取ってみたところ、憑坐にについての誘拐や失踪の届出は出されていないようだった。
茶色い髪にわざと焼いた肌で、おとなしくて真面目な子といった感じではないから、家に戻らなくてもあまり心配する人がいないのかもしれない。
「地縛霊?」
高耶に話をしてみたら、意外にも食いついてきた。
「裏の学校で自殺した生徒だそうで」
ということは、中身はまだ中学生ということになる。
「入隊するのか」
「さあ、どうでしょう。気になります?」
「……明日、会ってみる」
茶色い髪にわざと焼いた肌で、おとなしくて真面目な子といった感じではないから、家に戻らなくてもあまり心配する人がいないのかもしれない。
「地縛霊?」
高耶に話をしてみたら、意外にも食いついてきた。
「裏の学校で自殺した生徒だそうで」
ということは、中身はまだ中学生ということになる。
「入隊するのか」
「さあ、どうでしょう。気になります?」
「……明日、会ってみる」
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