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 助手席で目を覚ました高耶は、思わず目を瞬いた。
 何故か直江が、身体の上に覆い被さっている。
───シートを倒そうと思っただけでっ」
 何も聞いてないのに、直江は言い訳のようにそう言った。
「……あっそ」
 自分でシートを倒した高耶は、すっかり眠る体勢になって運転席を眺めた。
 斜め後ろから見る直江は、どんな表情をしているのかよくわからない。
 そのうちに、何ともいえない感情がこみ上げてきた。
 直江といると、時々こうなることがある。
 これは自分のものだろうか?
 それとも、景虎のものなのだろうか?
「直江」
「はい?」
「ありがとうな」
 高耶の唐突の謝辞に、直江は少し戸惑ったようだ。
「礼を言われるようなことは何も」
「こんなくそガキ、付き合いきれないって、思うときあるだろ」
 何にも覚えておらず、無責任な自分。
 全てを一から教えるというのは、ものすごく根気のいることだろうに、直江は皮肉こそ言え、千秋のように悪態をついたりはしない。
「……使命ですから」
「そりゃあ、そうだけど」
(それだけじゃないだろう?)
 それくらい、わかる。
 もし記憶を無くしたのが綾子や千秋だったら、直江はここまでしただろうか。
 総大将だからとか、そういうんじゃなく。
(景虎とおまえが、それだけ強い繋がりを持ってたってことだろ)
 ふたりのことを考えるとき、高耶は自分だけ置いてけぼりにされたような気持ちになる。
 誰も何も言わずとも、強い絆を感じ取れるからだ。
 直江がそこまで大切にするものを、何故景虎は忘れてしまったんだろう。
「……ごめんな」
「何がです」
「思い出してやれなくて」
「………高耶さん」
 直江の声が、驚きの色を含む。
「おまえとのことだけ、思いさせたらいいのにな」
 心の底から、そう思った。
 そうしたらきっと、直江も喜ぶし、自分もきっと自分のままでいられる。
「そうできたら……いいのに……」
 高耶は、急激に襲ってきた睡魔に任せて目を閉じた。
 空調の効いた車内で、快適な眠りに落ちていく。
 そのせいで、ステアリングを握る直江の拳の白さに、気付くことは出来なかった。
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